[26]最後に辿り着く場所「原田、来い!」
出社して、デスクにビジネスバッグを置いた瞬間のことだった。
オフィスの入口から、土方さんの怒声が飛んできた。
まさか、と思った。
振り向けば、かつて見たことがないほど険しい顔の土方さんが立っていた。
土方さんに連れられて、使用されていない小さな会議室に入る。
俺を先に中に入れた土方さんは、後から入って来るなり後ろ手に鍵を掛けた。
その瞬間、俺は悟った。
「呼ばれた理由は分かってんだろうな」
土方さんから発せられたのは、低く押し殺したような声だった。
俺は何も言えず、目の前で怒りを露わにする土方さんを見た。
「どういうつもりだ、原田。てめえ、自分が何をしたか分かってんのか!」
土方さんが声を張る。
その形相は、まさに鬼のようだった。
「てめえはあいつが好きだったんじゃねえのか!なんで泣かせやがった!」
そう言って、土方さんは俺の胸倉を掴み上げた。
泣かせた。
その単語に、唇を噛んだ。
そうか、泣かせちまったのか。
「黙ってねえで何とか言ったらどうだ」
昨日のことなのに、なぜかもっと昔のことのような気がした。
やめてくださいと言い続けたナマエを。
嫌だと必死で抵抗したナマエを。
「っのクソ野郎!」
俺は、抱いた。
整然と並べられていたテーブルに腰を打ち付け、そのまま倒れ込む。
左の頬が焼けたように熱かった。
「…あいつの痛みは、そんなもんじゃねえぞ」
ナマエは最後まで泣かなかった。
必死で声を殺して、耐え切った。
「だがな、あいつ俺に何て言ったと思うよ」
あの後、土方さんの所に行ったのか。
土方さんの腕の中で、泣いたのか。
「あいつはお前を庇いやがった。最後まで絶対に、お前の名前を出さなかった」
俺が確信したのは、さっきオフィスでお前の顔を見てからだ、と。
土方さんは言った。
「あいつに免じて、これ以上は何もしねえ。だが覚えておけ、原田。俺はてめえを絶対に許さねえぞ」
馬鹿だよ、お前。
本当に馬鹿だよ。
何で俺なんて庇った。
最低だと罵ればいい。
見損なったと叩けばいい。
「あいつは今でも、お前を慕ってるだろうよ」
なあ、ナマエ。
違うんだ。
俺はお前を泣かせたかったわけじゃない。
ただ、笑っていてほしかったんだ。
願わくば、俺の隣で。
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