[25]花のように儚いのならある日、昼食休憩から戻ったオフィスで、俺は信じられないものを目にした。
土方さんがデスクに浅く腰掛け、珍しく穏やかに笑っていた。
が、そこまではまだいい。
鬼だ何だと言われるこの人にだって、笑う時くらいある。
しかし、その隣に立って一緒に笑っていたのが、なんとナマエだったのだ。
それを見た瞬間、頭が真っ白になった。
あんなに土方さんの前では感情を抑え込んでいたナマエが。
俺を落としたあのとびっきりの笑顔を、土方さんに向けていた。
信じられなかった。
二人の間に一体何があったのか。
俺に気付くことなく、二人はその後二言三言、言葉を交わした。
そして、ナマエが軽く頭を下げて自分のデスクに戻る。
ナマエは最後まで笑顔だった。
それを見送った土方さんもまた、穏やかな表情をしている。
オフィスの入口に突っ立っていた俺の中に、どす黒い炎が揺らめいた。
その日土方さんは、専務の近藤さんと食事に行くと言って定時で上がった。
俺は、この機会を逃すつもりはなかった。
「ナマエ、もう上がるか?」
「そうですね、そろそろ終わります」
「そうか。…いや、やっぱり悪いな。何でもない、気にしないでくれ」
「え、どうしたんですか?」
「いや、ちょっと資料を取りに行きたいんだが、大丈夫だ。他に手の空いてそうな奴を探すよ」
「資料室ですね。いいですよ、行きましょう」
「そうか?悪いな、助かる」
罪悪感はあった。
だが、昼からずっと燻っていた嫉妬心は、最早自分で制御しきれないところまで燃え上がっていた。
ナマエを連れて、誰もいない資料室に足を踏み入れる。
定時を回った資料室なんて、人が来る可能性はほぼゼロだ。
「何を探せばいいで、っ!」
俺に続いて部屋に入ってきたナマエの言葉を遮るように、俺は振り返って彼女の手を強引に引き寄せた。
よろめいたナマエをそのまま引っ張り、乱雑に置かれた長テーブルの一つに押し倒した。
「原田、さん…?」
目を見開いたナマエが、信じられないとばかりに俺を見上げてくる。
その時、頭の片隅で警鐘が鳴った。
まだ間に合う、ここでやめろ、と。
だが同時に心が叫んだ。
ナマエは俺のものだ。
あの笑顔も、笑い声も、全て俺のものだ。
「土方さんには、渡さない…っ」
俺はナマエの両手首を纏めて頭上に押し付け、怯えた顔をした彼女に深く口付けた。
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