[23]奇妙な朝にその夜、実際のところ二人の間に何があったのかは結局分からない。
だが、何かがあったことだけは間違いなかった。
この夜を境に、俺たちの間には再び転機が訪れたのだ。
飲み会の翌日。
俺はもちろんいつも通りに出社した。
オフィスには、ナマエと土方さんの姿もあった。
一見すると、二人は昨日までと何も変わらない様子だった。
何かが可笑しいと感じたのは、朝礼の後だった。
「ミョウジ、昨日の件だが」
自分のデスクにナマエを呼び付けた土方さんが、そう切り出す。
俺は自分のデスクでパソコンを弄る振りをしながら、二人の会話に耳を傾けた。
「はい、こちらが企画書です」
「いや、そうじゃねえ。昨日の夜の件だ」
その瞬間、俺たち三人の間の空気が固まった。
昨日の夜の件、とは何だ。
椅子に腰掛け、真っ直ぐにナマエを見上げる土方さん。
デスクの前に立つナマエの後ろ姿。
それらを凝視する俺。
「…申し訳ありません。心当たりがないのですが、何の件でしょうか」
一番最初に動いたのはナマエだった。
俺が聞く限り、極めて冷静な切り返しだ。
「分からないとは言わせねえ」
しかし土方さんは、確信めいた口調でナマエを追い詰めようとする。
ナマエの逃げ道を塞ぐその物言いに、俺は嫌な予感がした。
「…分かりかねます」
しかしナマエは、あくまでシラを切り通す気でいるようだ。
昨夜、二人の間に一体何があったのか。
そして土方さんは、なぜいまここでその話をするのか。
「いいだろう。ミョウジ、一つ言っておく。俺は、本気だ」
低められた声に、ナマエの肩が揺れたのが分かった。
驚いているのか、ナマエは何も言わない。
そんな彼女を見上げる土方さんの表情は、真剣そのものだった。
その紫暗の双眸に、間違いなく激しい炎が揺れていた。
「行っていいぞ」
ナマエが何も言えないでいるうちに、土方さんがデスクに戻るよう指示する。
そして俺は、一礼をして振り返ったナマエを見て、事がいかに深刻かを悟った。
土方さんと別れてからの3ヶ月と少し、彼の前では完璧なポーカーフェイスを保っていたナマエが、明らかに泣き出しそうな顔をしていたのだから。
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