[22]翳る心を覗いたら
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「悪い待たせた!ってあれ、ナマエと土方さんは?」

居酒屋の会計を終え店外に出ようとした時、突然の腹痛に襲われた。
駅のトイレより居酒屋のトイレを借りた方が早いと思い、一人店の奥に戻った。
用を足して外に出てみれば、なぜかそこには新八しかいなかった。

「ああ、土方さんがもうふらっふらでよ。ナマエちゃんがタクシーに乗っけて送って行くって」

姿の見えない二人の行方を尋ねてみれば、返ってきた答えに耳を疑った。

「何だと?何でそんなことになってんだ!」
「いや、俺も女の子にそんなことさせんのは悪いと思ったんだがよぉ。ナマエちゃんが、自分なら土方さんちの場所が分かるからって言って」

俺もお前も知らないだろ、と付け足され、そういう問題ではないと怒鳴りそうになった。
今、酔っ払った土方さんとナマエが二人きりでいる。
そう思った瞬間、急激に頭が冷えた。

「すみませんお先に失礼しますって、ナマエちゃんからの伝言だ」

新八の呑気な声に苛立ちが増す。
鈍感なこいつは土方さんとナマエの関係も、もちろん俺の気持ちも知らないのだから、怒っても仕方ないのは分かっている。
だが八つ当たりだとは分かっていても腹が立った。

「ほら、終電なくなっちまう前に俺たちも帰ろうぜ」

ナマエと土方さんが二人きりで、今どういう状況かも分からないのに、のこのこ帰れというのか。
しかし実際問題、俺は新八の言う通り土方さんの自宅の場所を知らない。
二人を追う術などない。
俺は緩慢な足取りで、駅へと向かう新八の後に続いた。

しかし自宅に帰ってからも、心配と苛立ちは収まらなかった。
それどころか、時間の経過と共に不安は増した。
居ても立っても居られなくなった俺は、思いきってナマエに電話を掛けた。
居酒屋を出てからは1時間が過ぎている。
きっともう土方さんを送り届け、ナマエは自宅に帰っているだろう。

呼び出し音が1回、2回と鳴り響く。
俺は早く出てくれと祈りながら、その音を聞いていた。
8回目の呼び出し音にいよいよ心臓が嫌な音を立て始めた時、不意に音が途切れた。

『もしもし』

それは、待ち望んでいたナマエの声だった。
俺は逸る気持ちを抑え、平静を装って声を掛けた。

「ナマエか、俺だ。いま大丈夫か?」
『大丈夫ですよ。原田さん、今日は挨拶もなしに帰ってしまってすみませんでした』
「いや、そんなことはいいんだ。それより、土方さんのこと、悪かったな。女のお前にそんなことやらしちまってよ」

本当はすぐさま、いまどこにいる、何をしている、土方さんはどうした、何もされていないか、と質問攻めにしたかった。
だが彼氏でもない俺に、そんな権利はない。

『いえ、気にしないで下さい』
「あー、その、もう家か?」

募る焦りを押し殺し、何とか土方さんとのことを知ろうと遠回しに問いを重ねる。

『はい、もう帰って来ましたよ』
「そうか。いや、それならいいんだ」

とりあえず、土方さんの家に泊まるなんてことにはなっていないようだ。
最悪の事態は回避出来たと考えていいだろう。

「その、大変じゃなかったか?女に男の身体は重かったろ?」
『ああ、大丈夫ですよ。かなり酔っていたみたいですけど、一応自力で歩いて下さったので』

その言葉を、どう受け止めればいいのか。
自力で歩ける程度には意識があったということは、ナマエに手を出すことも可能だったということだろう。
本当に何もなかったのだろうか。

しかし、何かされたか、とは聞けないまま。
俺はおやすみの挨拶を最後に電話を切った。
漠然とした不安だけが残った。




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