[19]その邂逅の意味何がきっかけだったのか、意識が浮上した。
ぼんやりとした視界に、見慣れた天井と照明。
自宅のリビングだと気付く。
仕事の後、永倉に誘われて居酒屋に入って。
最初はいつも通り烏龍茶を飲んでいたはずが、途中でビールに切り替わり。
永倉や原田の制止も聞かずに散々飲んで、案の定潰れて。
そして、
「気が、つきましたか?」
耳に飛び込んできた声に、慌てて跳ね起きた。
身体を起こしてみて、自分がソファで寝ていたことに気付く。
だがそれよりもと声の主を探して振り向けば、ダイニングの椅子に腰掛けたナマエがいた。
「…な、んで」
辛うじて発した声は、ほとんど掠れて音にならなかった。
酒のせいか、はたまた別の理由か。
ナマエは何も言わずに立ち上がると、勝手知ったるキッチンの冷蔵庫を開けて水のペットボトルを取り出した。
ソファまで近付いてきたナマエの手から、ペットボトルを受け取る。
確かに喉が渇いていた。
受け取ったそれを一気に半分ほど空け、ゆっくりとキャップを閉じる。
一連の動作を、ナマエは黙って見ていた。
そうだ、思い出した。
酔っ払って千鳥足になった俺を、ナマエが自宅まで送ると言ったのだ。
あのメンバーの中で、俺の自宅の位置を知っているのはナマエだけだったからだろう。
タクシーに押し込まれ、半分寝ながら帰って来て。
ナマエに支えられながら何とかこのソファまで辿り着き、そして力尽きたらしい。
「ご気分は、いかがですか?吐き気は?」
相変わらず、ナマエの声音は硬い。
俺と付き合っていた頃もこいつは敬語を外さなかったが、それにしたってもう少し柔らかい話し方をした。
つまりこれは、壁を作られているということなのだろう。
「…大丈夫だ、悪かったな」
そう言って、ネクタイを緩めた。
もう俺の家になど来たくなかっただろうに、俺を放っておけなかったのか。
タクシーに押し込んでドライバーに住所さえ告げれば、部下としては十分な働きだろうに、わざわざ律儀にここまで付き添ってくれた。
別れた男相手に、大した優しさだ。
「いえ、では私はこれで」
ナマエはそう言って、床に置いてあったバッグを手に取った。
その瞬間、まるでフラッシュバックのように蘇った映像。
ソファに座っていたナマエが立ち上がり、コートとバッグを取った。
あの、別れの夜。
「っ、」
反射的に立ち上がった俺は、リビングを出て行きかけたナマエの手首を掴んでいた。
肩を揺らしたナマエが、驚いたように振り返る。
戸惑った眼に見上げられ、言葉に詰まった。
本当に無意識の内の行動だった。
「…よく、原田が許したな」
短い逡巡の後、よりによって俺が選んだのはそんな言葉だった。
「原田さんが、何か?」
そして返ってきたのはやはり、温度の感じられない声だった。
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