[17]刹那の夢馴染みの居酒屋。
当然のように並んで座ったナマエと原田を見て、早くも来たことを後悔しつつ、早々に煙草に火をつけた。
深く吸って、溜息と共に大きく吐き出す。
ナマエと別れてから、確実に本数が増えた。
今では一日一箱では済まなくなっていた。
「んじゃ、今日もお疲れっした!」
まるで学生みたいなノリで、永倉が音頭を取る。
重なるジョッキ。
俺は、烏龍茶の入ったグラスを申し訳程度にぶつけた。
ナマエと原田は揃ってジョッキを傾けている。
ナマエが酒好きなのは知っていた。
だがこいつはいつも俺に気を遣い、俺と一緒の時は殆ど飲まなかった。
そのナマエが、今は涼しげな顔で一気にジョッキの半分ほどを空ける。
そんなところを見てまた、俺はこいつに我慢ばかりさせていたと気付くのだ。
本当は、仕事上がりに心ゆくまで酒を飲みたかったのかもしれない。
夏はサーフィンをしに、冬はスキーをしに行きたかったのかもしれない。
だがナマエは、俺に遠慮して何も言わなかった。
こいつが我儘を言ったことなんて、一度もなかった。
それどころか、言って当然の要求さえも飲み込ませてしまった。
確かに、仕事が忙しかったのは嘘じゃない。
だが、本当に全く時間がなかっただろうか。
こいつに我儘の一つも言わせてやれないほどだっただろうか。
答えは否だ。
俺の立場なら、仕事の量なんて上手くやればいくらでも減らすことが出来る。
そうしなかったのは、俺の意思だ。
やらなくていいところにまで手を出して、一から十まで自分で確認して、そうしないと気が済まなかった。
別に、それが悪いことだとは思わない。
だがその代わりに、ナマエを失った。
失くしてから、それでは意味がないことに気付いた。
俺はいつの間にか、こいつのために働いている気分になっていたのだ。
金を貯めて、いつかこいつと所帯を持って、楽をさせてやろうと。
そんなことを考えていたのだ。
馬鹿馬鹿しいにも程がある。
いくら金があったって、こいつがいなけりゃ何の価値もないってえのに。
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