[6]別れゆく物語ナマエに別れ話をされた、あの夜。
俺は出て行ったあいつを追いかけることもせず、ベランダで馬鹿みたいな本数の煙草を消費した。
俺は決して、一度もナマエと別れたいと思ったことはなかった。
3年経ったその時でも、俺はあいつに惚れていた。
だがあの日、虫の居所が悪かった俺は、確かにあいつに腹を立てた。
勝手にしろと思った。
頭のどこかで警鐘が鳴り、ナマエを追いかけるべきだと言っていたが、それには従わなかった。
俺がその時の選択を本気で後悔したのは、その翌日だった。
出社して、当然そこにはナマエの姿があって。
ナマエはまるで何事もなかったかのような顔で、おはようございますと俺に頭を下げた。
その瞬間、ようやく俺は悟った。
俺たちは、別れたのだと。
ナマエの発したおはようございますには、欠片も温度がなかった。
あの日からずっと、ナマエの言葉はどこまでも淡白で事務的で、そして冷ややかだ。
付き合っていた頃は、気が付かなかった。
ナマエは職場でも、周りには悟られない程度にその声や仕草に愛情を込めて俺に接してくれていたのだと。
それを、失くしてから初めて知った。
ナマエの徹底した部下としての態度は、俺の心臓を深く抉った。
その時になって初めて、俺は取り返しのつかないことをしたのだと思い知った。
だが、そんなものは後の祭りだ。
ナマエは決して俺に隙を見せなくなった。
勿論、方法はあった。
俺はその時はまだナマエの家の合鍵を返していなかったから行けば会えたし、電話番号だって当然分かる。
プライベートな時間に話をする機会が皆無だったわけではない。
だが、俺は動けなかった。
これでいいのだ、と。
俺なんかと付き合うより、誰かもっといい男といた方がナマエも幸せだろう、と。
そんな尤もらしい言い訳で、俺は逃げ出した。
みっともなく女に縋る己の姿を、認める覚悟がなかったのだ。
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