[31]貴方に続く道の上
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その後私は、膳を下げに来た使用人と共に部屋を出て勝手場に向かった。
そこで会った料理人に、ここ二、三日食事を残してばかりだったことを詫び、好物ばかりで作られた今日の夕餉の礼を言った。
美味しかったと告げると、彼は嬉しそうに笑ってくれた。
本当に、この屋敷に仕える鬼たちはあたたかく朗らかだ。
それもこれも、姫様の人柄によるところが大きいのかもしれない。

そして私は、酒を用意すると意を決して風間様の私室に赴いた。
追い払われるかもしれないという恐怖は消えない。
でもせめて、今日の礼を言いたかった。

「……風間様、ナマエです」
「っ、入れ」

久しぶりの訪問。
風間様は驚いたようだった。
とりあえず入室を許可されたことに安堵しつつ、私は襖を開けた。

「失礼致します」

中に入り、深く一礼する。
顔を上げると、壁に凭れて座る風間様と目が合った。

「夕餉の件、ご配慮頂き誠にありがとうございます」

そう礼を述べると、風間様は顔を顰めた。

「何だと」

急に不機嫌になってしまったことに、微かな戸惑いと恐怖を覚える。
しかしその後に続いた言葉は、思いの外優しげな音だった。

「食したか」
「はい、頂きました」

もちろんあの量だから、全て平らげることは出来なかった。
それでも、いつもの膳よりは多く食べたと思う。

「ならば良い」

そう満足げに言われ、嬉しくなった。

「あの、お酒をお持ちしたのですが、お飲みになりますか?」
「……ああ、貰おう」

気のせいかもしれない。
久しぶりだからかもしれない。
でも、風間様の声音がいつもよりずっと穏やかな気がして。
私は思わず微笑んだ。

盃を手渡し、銚子を手に取る。
酌をしても、良いのだろうか。
そう思い風間様の様子を窺うと、早く注げと視線で促される。
私はほっとして、久しぶりにその盃に酒を注いだ。
それを、風間様は一息に飲み干す。
そして、信じられないような言葉が降ってきた。

「お前が注ぐと、美味なものだな」
「……え?」

何かの聞き間違えかと思った。
次の一杯を注ごうとしていた手を止めて風間様を見上げると、そこには穏やかに細められた双眸があった。
そんな顔を見たのは初めてだった。

「どうした」

思わず呆然と風間様を見つめた私に、彼は喉の奥でくつりと笑い。
催促するように空の盃を揺らした。

「あっ、申し訳ありません」

私は慌てて銚子を傾ける。
しかし妙に緊張してしまい、手が微かに震える。
今、あの優しい紅色が私を見下ろしているのかと思うだけで、心の臓が高鳴った。

「気分はどうだ」

二杯目を今度はゆっくりと飲みながら、風間様は私の体調を気遣ってくれる。
どうして今日は、こんなに優しいのだろうか。
戸惑いと嬉しさとが綯い交ぜになりつつも、私は素直に答えた。

「もう、大丈夫です」

真実だった。
現金なものだと、自分でも思う。
だが、夕餉を食べ、風間様とまたこうして話せるようになった途端、感じていたはずの気怠さはどこかへ吹き飛んでしまった。

「ならば、明日からはまた俺に付き合ってもらうぞ」

付き合う、とは。
その言葉の意味を図り兼ねて首を傾げた私に、風間様はこう付け加えた。

「食事も散歩も酌も、だ」
「…よろしいのですか?」
「無論だ。お前が俺と共にいない理由がどこにある」

私の存在を、認める言葉。
もう一度元に戻れる、ということ。

「……ありがとう、ございます」

少しだけ泣きそうになって、私は慌てて俯いた。



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