[25]全てが分かった振りをして
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「よう、ナマエいるか?」

匡さんが風間様を訪ねて屋敷に来てから三日目の、昼過ぎのことだった。

「あっ、はい!」

部屋の外から掛けられた声に返事をすれば、襖が空いて匡さんが顔を出した。
彼が私の部屋を訪ねてくるのは初めてのことだ。
何かあったのだろうか。
会釈と共に迎え入れると、匡さんはがしがしと頭を掻きながら畳の上に腰を下ろした。

「ったく風間の奴。あいつの頭の中はどうなってんだ」

そして開口一番がそれである。
私は思わず噴き出した。
どうやら、また話し合いの席で一悶着あったらしい。

「今度はどうされたんです?」

心配半分、興味半分で尋ねてみると。
匡さんは声を低めて眉間に皺を寄せた。

「そうか、貴様の頭は派手な飾り物だったか。では、斬って落としたとて文句は言われんな。だとよ」

その緩慢な口調が風間様の物真似だと分かり、余計に笑いが止まらなくなる。
特徴を良く掴んでいた。

「ったく、もうちょっと可愛げのあることは言えねーのかね」

匡さんの顔は呆れ返っていた。
よくもまあ、お互い飽きずに言い争いが出来るものだ。
ここまでくると、むしろこれは仲の良さの裏返しのような気もしてくる。
喧嘩するほど何とか、と言うやつだ。

実際風間様は、本当に気に入らない事柄に対しては取り合うだけ時間の無駄と、無関心を決め込むことが多い。
匡さん相手にあそこまで言い返すということは、意外と匡さんのことを認めているのかもしれない。
もちろん本人に言えば壮絶に不機嫌な声で否定されるだろうから、そんな考えは胸の内に留めておくに限る。

「でよ、お前本当にあいつの嫁になるつもりか?」

くすくすと笑っていた私は、匡さんのその一言に息を呑んだ。
こんな風に、屋敷の外の人からこの婚約について尋ねられたのは初めてだった。

「……いえ、そのつもりはありません」

私はただ、風間様が諦めるのを待っているのだ、と。
そう説明する。

「ふうん。ま、あいつと結婚してもなあ」

匡さんはそう、呆れたような声を出した。
結婚しても、何だろう。
その、なあ、にはどんな意味が含まれているのだろう。
結婚しても、所詮道具としてしか見てもらえない、ということか。
結婚しても幸せにはなれない、という意味か。

「……風間様も、そろそろ嫌気が差してきておられると思いますよ」

ここ最近の機嫌の悪さは、かなり顕著だ。
そろそろ、強情な私に辟易しているのかもしれない。
風間様が屋敷を出て行くのも、時間の問題ではないだろうか。

「本当にそれでいいのか?」
「いいも悪いも、それが私の望みですから」

そう答えて、笑うつもりだった。
それなのに。
なぜか、笑えない私がいた。
自分自身の言葉に傷ついた、私がいた。
どうして傷つくのだ。
言葉の通り、それが狙いのはずだ。
風間様の横暴な一言から始まった、まるで夫婦の真似事のような茶番。
風間様が出て行けば、この窮屈な毎日が終わる。
それをずっと、待っていたはずなのに。

一瞬でもそれを寂しいと、そう思った私がいた。
どうして、なのだろう。


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