[22]予兆の訪れ
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その後天霧様に聞いたところによると、匡さんは先の戦の際に長州藩に手を貸して戦った鬼だそうだ。
今回は、今後の鬼たちの身の振り方について風間様と話をすることが目的で、この京を訪れたのだという。
話し合う内容は多岐に渡るそうで、数日間は滞在することになると聞いた。

客人の来訪により、その日から屋敷の生活は少しばかり変化した。
食事は天霧様と匡さんも一緒に摂ることになり、それは晩酌の時間も同様だった。
話し合う事柄が多いのだから、敢えてそれらの席を分けて進みを遅らせる理由もないだろう。
十分理にかなった話ではあると思うのだが、風間様は随分不満げだった。
酒が不味くなる、と零しているのを聞いて、思わず笑ってしまった。

恐らくは大切な話をするのだろうから、私は席を外した方が良いのかと風間様に聞くと、彼はそれを否定した。
始めに交わした約束を違えるつもりかと言われ、私も同席することとなった。
しかし当然何か意見を言うことなど出来るはずもないので、殆ど黙って話を聞くだけだ。
食事や酒の席で自分が無言なのは、もう慣れたものである。
むしろ今までは一切の会話がなかったのだから、三人の話し声が聞こえるだけで賑やかな気分になれた。

だが、二言目には喧嘩腰になる二人のせいで話し合いはすぐに本筋から脱線し、なかなか進んでいないようだった。
最初は真面目な雰囲気で始まるのだが、すぐに匡さんが茶化したり風間様を揶揄する。
その軽口が風間様の癇に障るらしく、彼が怒りを露わに反論する。
そこから始まる嫌味の応酬に、天霧様が溜息を吐く。
というのが、定番の流れだった。
天霧様の気苦労が思いやられるというものだ。

現に今も、夜も随分遅い時刻になってきたというのに二人の言い争いは収まるところを知らず加熱する一方だ。
風間様が酒に強いことは知っていたが、どうやら匡さんも酒好きらしく、私の用意した銚子は片っ端から空になっていく。
そろそろ追加を持ってきた方が良いかもしれない。
そう思いつつ、私は匡さんの空いた盃に酒を注いだ。

「時に聞くが不知火。貴様、我が妻に酌をさせるとはどういう了見だ。身の程を弁えろ」

もう一度言う。
私はただ単に、客人の空いた盃に酒を注いだだけだ。
それがなぜ、ここまで不興を買うのかさっぱり理解出来ない。

「だーからなあ、風間。こいつはお前の妻じゃねーんだってさっきから何遍も言ってんだろ」
「……こいつ、だと?不知火、我が妻に対してそのような暴言を吐くとは何事だ。我が妻を侮辱すると言うことは、この俺をも侮辱する行為と知っての愚行か」

埒が明かない、とはこのことだ。
もちろん私は風間様の妻のつもりは欠片もないのだが、しかし頭領である彼を客人の前で立てねばならないことくらいは弁えている。
だから風間様に恥をかかせるようなことだけはすまいと、普段より気をつけて行動している。
また、客人をもてなすという、本来妻が行うべき仕事も請け負っているつもりだ。
しかし私が匡さんに尽くせば尽くすほど、親しくなればなるほど、風間様の機嫌は悪くなる一方だ。
私のやり方は、何か間違っているのだろうか。

結局その夜は、殆ど何の話し合いも進まないままお開きとなったのだった。



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