[20]新たな出会い
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とある晴れた日のことだった。

風間様が天霧様と共に外出から戻られた。
しかし、玄関に出てそれを迎えた私の目に映った、もう一人の姿。
鍛え上げられた二の腕を惜しげもなく晒した、長髪の男の人。
彫られた入れ墨に、少し怯んでいたら。

「お、お前が噂のお嬢ちゃんか」

そう言って、上から下まで値踏みするように眺められた。
あまり気分の良い視線ではないが、風間様の知人であるならば失礼な真似は出来ない。
私は薄く微笑んで頭を下げた。

「お初お目に掛かります。ミョウジナマエと申します」
「不知火匡だ」

そう名乗った口調は自信に溢れ、そして楽しげでもあった。
この人も鬼なのだろう。
ミョウジ家の生き残りと言っても、一人で暮らしていた時期が長い分、私は各地の鬼の実情に疎い。

「ふぅん。風間も面食いだな」
「不知火、やめろ」

不知火と名乗った男の人の軽口に、風間様が後ろから釘を刺した。
その声はいつになく不機嫌だ。
あまり仲が良くないのだろうか。
おかえりなさいませと、会釈する。

「いいじゃねーか。会えるのを楽しみにしてたんだぜ、ナマエ」

不知火様はそう言って、人懐こい笑顔を零した。
少し面喰らった。
別に私は自分の身分が偉いなどと思ったことはないが、それでも付いてくる仰々しい肩書きは少なからず理解している。
名門ミョウジ家の一人娘、京の古き鬼の客人、そして今は不本意ながら風間様の婚約者とほぼ同じ立場にある。
いくら不要だと言っても、周りは皆私に気を遣う。
そんな環境に息を詰めていた私にとって、こんな話し方をしてくる人は久しぶりだった。

「こちらこそ、お目に掛かれて、」
「あー、いいっていいって」

嬉しく思います、と続くはずの言葉は、不知火様の大声に遮られた。

「俺はそういう堅苦しいのは苦手なんだ。風間の言い付けだか何だか知らねーが、やめてくれ」
「はあ……」
「普通に喋れよ、不知火様とか呼びやがったら承知しねーぞ?」
「……不知火、さん?」
「匡、だ」
「……匡、さん?」

初対面の男の人を名前で呼んだ経験などない私は、大いに戸惑った。
不知火様、いえ、匡さんは、少し渋々といった様子で。

「まあ、とりあえずそれでいい」

そう言って、私の髪をくしゃりと撫でた。
驚いた。
男の人に頭を撫でられるなんて、父が亡くなってから初めてだ。

「まあ仲良くやろうや、ナマエ」

その温もりが、擽ったかった。
ともすれば失礼とも取れそうなその態度は、しかしここ最近の堅苦しい環境に息の詰まる思いをしていた私にとっては有り難かった。

だが、和やかな雰囲気はすぐさま打ち壊された。

「不知火、その手を離せ」
「ああ?なんだよ」

背後から風間様に命令され、匡さんが振り返る。
その地を這うような低音に、私も風間様を見た。
そして、普段の仏頂面が可愛く見えるほどに恐ろしい形相をした彼に息を呑んだ。
まさに鬼のようだ。
いや、実際鬼なんだけれども。

「貴様のような低俗な輩が我が妻に触れることは許さんと言っている」
「なんだと?そもそもナマエはお前の妻じゃねーだろうが」

風間様の言いように、匡さんも不機嫌な声で応戦する。
突然散った花火に、私は目を白黒させるばかりだ。

「気安く名を呼ぶな」
「お前にそんなことを言われる筋合いはねーって」
「ほう。不知火貴様、この俺に喧嘩を売るつもりか」

敵意剥き出しの風間様と、それを面倒臭そうにあしらおうとする匡さん。
二人の言い争いを止めたのは、天霧様だった。

「風間も不知火も、おやめなさい」

天霧様の低い声に、風間様は鼻先で浅く笑い、匡さんは溜息を吐いた。
風間様は不機嫌そうな表情のまま歩き出す。
去り際に、私にこう言い付けた。

「ナマエ、広間に茶を」
「お、だったら俺の分も頼む」
「ここに貴様如きに飲ます茶などないが、仕方ない。使用人に淹れさせよう」

お茶一つで、どうしてここまで突っかかるのか。
風間様の物言いに苦笑しつつ、私は二人の背中に言葉を返した。

「はい、只今」





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