[17]溶け出す心
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どうしてそんなことをしようと思ったのかは、正直分からない。
外がここ最近の中でもかなり寒かったからかもしれないし、あの簪を見つけて気分が良かったからかもしれない。

「風間様、ナマエです」

散歩を終えた昼餉前の空き時間。
私は盆の上に湯呑みを一つ載せて、風間様の部屋を訪ねた。

「入れ」

その声に、少し訝しげな色を聞き取った。
無理もない。
私がこの部屋を訪ねるのは初めてなのだから。

「失礼します」

襖を開け、中に入って畳の上で一礼する。
風間様は壁に背中を預け、胡座をかいていた。

「……茶か」

私が脇に置いた盆を見て、風間様が呟くように聞く。

「外が寒かったので、温かいお茶をと思いました。……差し出がましかったでしょうか」
「……貰おう」

決して嬉しそうには聞こえない。
だが、拒否をしないということは悪い気分ではないのだろう。
少しずつではあるが、この人の機嫌の読み方を分かってきた気がする。

湯呑みを前に置くと、風間様は黙ってそれに口を付けた。
食後以外でお茶を淹れたのは初めてだった。
相変わらず、美味いとも不味いとも言わない。
だが、文句を言わないということは不味くないはずだ。

風間様が二口目を飲んだところまで確認し、私は退室しようと一礼した。
しかし、襖に手を掛ける前に名を呼ばれた。

「ナマエ」
「はい?」
「飲み終わるまで、ここにいろ」
「……はい」

意外な命令だった。
だが逆らう理由もない。
私は素直に頷いて、抱えていた盆をもう一度畳の上に置いた。
そのまま正座して、風間様がゆっくりとお茶を飲む姿を見るともなしに眺める。
ただお茶を飲んでいるだけだというのに優雅に見えるのは、この人の整った容姿が故なのか。
伏せ目がちの紅、外から差し込む光に照らされた金。
先ほど小物屋で見た簪を思い出し、なんとなく嬉しくなった。

やがて湯呑みの中が空になり、私はそれを受け取って盆の上に戻す。
それでは、ともう一度退室の挨拶をした時、風間様が珍しく躊躇いがちな口調でこう言った。

「……明日は、」
「はい?」
「明日は、お前の分の茶も淹れて来い」

それは、どういうことだろう。
明日もお茶を淹れて欲しい、ということか。
私も一緒に飲むように、誘ってくれているのか。

「畏まりました」

その言葉を、嫌ではないと思った私がいた。




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