[15]交わる視線それは、相変わらずの唐突さで降ってきた。
とある夜、晩酌の支度をして風間様の元を訪れた。
側に座り、いつも通りに盃を手渡したその時。
「お前も飲め」
「いいえ、結構で……え?」
飲め?
飲むか、ではなく飲め、と言われたのは初めてだった。
思わず風間様の顔を見上げる。
相変わらず感情の読めない紅玉が、私を見据えていた。
「お前も飲めと言っている。この俺の命令が聞けないとでも言うつもりか」
懶惰な口調に苛立ちが混じるのが分かり、私は慌てて立ち上がった。
盃は風間様の分しか用意していない。
もう一つ取って来ますと告げ、私は急いで部屋を後にした。
今まではずっと、私に酌をさせ一人で飲んでいたのに、一体どういった心境の変化か。
共に酒を酌み交わすことはしないでおこうと思っていたのに、あまりにも不意打ちで命じられたものだから思わず頷いてしまった。
間違っても酔っ払わないように気をつけようと心に誓い、私は再び部屋の襖を開けた。
「お待たせしました」
頭を下げてから、風間様の盃に酒を注ぐ。
そのまま手酌で自分の盃に少しだけ注ごうとすると、風間様が盃を置いて右手を差し出してきた。
「貸せ」
その言動に、私はぽかんと口を開けて風間様を見上げた。
今夜二度目の驚きだ。
まさか、酌をしてくれるつもりなのだろうか。
「また二度も言わせるつもりではあるまいな」
固まった私に焦れた風間様に催促され、私はおずおずと銚子を差し出した。
風間様は無言で、私の盃に酒を注いでくれる。
「恐れ入ります」
そうして私は、初めて風間様と酒を酌み交わすこととなった。
しかしだからと言って、状況は昨日までと殆ど変わらない。
何を話すこともなく、無言のままに時は過ぎていく。
私は酔って醜態を見せることのないよう、風間様の倍の時間をかけて酒を飲み進めた。
そしてその夜も、同じ問答で一日に幕が下りるのだ。
「どうだ、我が妻となる気になったか」
「いいえ、残念ながら」
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