ほろ苦く溶けて[3]
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ドアの開く音にゆっくりと顔を上げると、土方部長が喫煙所から出てくるところだった。
その後に続いて彼女も出てくる。
彼女が出るまでドアを手で押さえている土方部長を見て、胸がチクリと痛んだ。

「悪い、斎藤。待たせたな」

土方部長がいつも通りの口調でそう言いながら歩いてくる。
そこに、部下に恋人との姿を見られた気恥ずかしさのようなものはない。
もう長い付き合いなのだろうか。

「…いえ」

俺は二人の姿を直視出来ず、少し俯き気味に首を振った。
期待して、彼女に会えるのではないかと用もないのに喫煙所に来てみたり。
彼女が来やしないかと、中身のなくなった缶を弄びながらここで時間を潰してみたり。
昨日までの己の間抜けな行動全てが、今は居た堪れなかった。

「何かあったか?」
「雪村が、貴方を探していました。たまたま手が空いていたので、俺が」
「そうか。ああ、書類の件だな、分かった」

そう、土方部長が頷いた時だった。
突然、それまで黙っていた彼女の声がした。

「ね、トシ君。この子、貴方の部下?」

この子、とは俺のことか。
驚いて彼女の方を見ると、そこにあの日と同じ妖艶な笑みがあった。

「ん?ああ、そうだ。斎藤がどうかしたか?」
「ふうん。ね、トシ君。ちょっとさ、彼、貸してくれない?」
「…は?」

彼女の唐突な台詞に、土方部長は固まった。
当然だが、俺も固まった。

「貸すって…なんだ、そりゃ。どういう意味だ」
「そのままの意味だよ」

そう言って、彼女はちらりと左手首の腕時計に目を落とした後にこう付け加えた。

「15分でいいから」

そして、俺に送られる視線。
その瞳を見た瞬間、あの日の苦い香りが鮮明に蘇った気がした。

「…今日の仕事は終わっておりますので、問題ありません」

気がつけば俺は、土方部長に向かってそう進言していた。
土方部長は呆れた顔をして頭を掻く。

「おいナマエ。こいつは俺の右腕なんだ、あんま面倒な仕事は押し付けんじゃねえぞ」

土方部長はそう言って、一人オフィスの方に向かって歩き出した。
いつもなら付き従うはずの背中を見送っていると、彼女が笑った。

「あらら、随分愛されてるね、斎藤君」

振り向いてはみたものの、何と返して良いのか分からず口ごもる。
想定外の展開に、頭の回転が鈍っていた。

「着いて来て」

俺は黙って、そう言って歩き出した彼女を追った。
仕事の話なのは分かっている。
彼女が土方部長と付き合っているということも知った。
そんな状況でもまだ、彼女と二人きりだという事実に胸が高鳴った。


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