ほろ苦く溶けて[2]
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「斎藤さん。あの、土方部長がどちらに行かれたかご存知ですか?」

デスクで資料を纏めていたら、掛けられた声。
振り向けば、困り顔の後輩が立っていた。

「いや、知らぬが」
「そう、ですか。喫煙所かな…」

二言目に喫煙所の単語が出るとは、彼女もこの部署に慣れてきたらしい。
土方部長は大抵そこにいる、と。
探してみます、と彼女は踵を返した。

「…待て、雪村。俺が行こう」

しかし今、俺にとって喫煙所という単語は、別の意味を持つのだ。
そこに彼女がいるかもしれない、という。

「え、でも」
「構わん。あんたは仕事の続きをしておけ。あの書類は今日が提出日だろう」
「あ、ありがとうございます!」

これは親切でも何でもなく俺の我儘なのだが、律儀に礼を言われて少し罪悪感を覚えた。
だが己の身体はすでに椅子から立ち上がり、喫煙所に向かって歩き出している。
仕事中だというのにこうも雑念だらけというのは、全くどういうことなのか。
そんな己に呆れつつも、俺は喫煙所を目指した。

そして、そこで目にした光景に呆然と立ち尽くす羽目に陥った。
そこには、目当ての人物が二人ともいた。
むしろ、その二人しかいなかった。
そして二人は、喫煙所の隅に立って煙草を吸いながら、言葉を交わしていたのだ。
勿論ガラス越しであるから、その会話の内容は分からない。
だが彼女は見たこともないような無邪気な笑顔を浮かべていたし、その隣に立つ土方部長も珍しく柔らかい表情だ。
その立ち位置もかなり近距離で、ともすれば腰でも抱き寄せそうな雰囲気だ。

どういうことだ。
あの二人は知り合いなのか。
いや、単なる知り合いにしては雰囲気が親密すぎる。
もしかすると、そういう仲なのか。
そうだ。
よくよく考えてみれば、あれだけの美人なのだ。
恋人がいない方がおかしい。
そのことを一度も考えつかなかった己の浅慮さに、ほとほと嫌気が差した。

いつもならば、土方部長を呼びに来た時はガラスを軽くノックするのだが、今日はどうしても動くことが出来ず、二人の姿を見つめていた。
すると土方部長の方が、先に俺の存在に気付いた。
視線が、急用か、と尋ねている。
ここで俺が頷けば急用、首を横に振ればそこまでの急用ではない、という合図。

俺はこれ以上二人の親しげな様子を見ていたくなくて、頷こうかと思った。
しかし実際の用事は決して急用ではないし、それらしい言い訳も思いつかない。
俺は仕方なしに首を横に振った。
土方部長が、分かった、と頷いて指に挟んでいた煙草を咥えた。
あの一本を吸い切ってから、出てくるつもりだろう。

その時、土方部長の仕草に気付いたのか、彼女がその視線を辿って俺の方を見た。
あの日以来、初めて目が合った。
俺を見た彼女の目が、少し見開かれる。
思い出してくれただろうか。
俺は急に恥ずかしさが込み上げ、慌てて俯いた。
俯いて己の革靴の先を見つめていると、じわりと惨めさが胸の内に広がった。

心のどこかで、俺は期待をしていたのだ。
もしかしたら彼女に、そのつもりがあったのではないだろうか、と。
俺のことが気になって、口づけをしてくれたのではないだろうか、と。
もう一度会って話せば、次のステップに進めるのではないだろうかと、そんな淡い期待をしていたのだ。
それが今、目の前で見事に打ち砕かれた。
彼女には恋人がいたのだ。
しかも相手はあの土方部長。
到底俺などが敵う相手ではない。

「俺は、馬鹿か…」

何を期待していたのだ。
彼女にとっては、あれはただのお遊びだったのだ。
彼女は俺のことなど、何とも思ってはいない。



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