でもまだ愛していたから[2]「おお、斎藤!来てくれたか」
式場に着くと、準備が忙しいだろうに、列席者一人ひとりを自ら迎える土方さんの姿があった。
シルバーグレーのタキシードに身を包んでいる。
「この度はおめでとうございます」
正面に立って一礼すると、土方さんは気恥ずかしそうに手を振った。
「あんまり堅苦しいのは苦手なんだ。楽しんでいってくれ」
そんな彼らしい台詞を残し、土方さんは俺の後から入ってきた男性に声を掛けた。
確か彼は隣の部署の社員だ。
「楽しんでいってくれ、か」
土方さんは当然、俺が彼女に対して密かに抱いている想いなど知るはずもない。
俺の気持ちを唯一知っているのは。
「これでよかったの?一君」
「…総司」
こいつだけだ。
「…いいも悪いもないだろう。彼女はもう、土方さんのものだ」
今日から、ではない。
3年前のあの日から、彼女はずっと土方さんのものだった。
挙式が始まり、先に新郎である土方さんが入場してくる。
列席者は皆立ち上がり、拍手をもってそれを迎えた。
ゆっくりと踏み締めるように歩くその横顔は、普段よりも幾分か緊張しているようだった。
次に新婦の入場となり、再び扉が開く。
現れた彼女の姿に、会場中が息を飲んだ。
それほどまでに、美しい花嫁だった。
純白のドレスに包まれた彼女が、父親であろう初老の男性と腕を組んで歩いてくる。
シンプルなドレスは、土方さんの見立てなのか、派手なものをあまり好まない彼女に良く似合っていた。
白いベールの奥、彼女はどんな顔をしているのだろう。
俺には分からなかった。
彼女の手が父親から離れ、土方さんの差し出した手に移る。
白い手袋に包まれた手を土方さんがそっと引いた瞬間、俺が感じたのは強烈なまでの喪失感だった。
時間を、巻き戻したいと思った。
3年前、土方さんが彼女に告白をする、その前まで。
あの頃俺は、彼女の一番近くにいるのは己だと慢心していた。
今はまだ友人の関係でいいと、油断していた。
まさかあんな風に、横から突然彼女を攫われるなんて、想像もしていなかった。
土方さんよりも先に想いを告げていたとしても、どうなったかは分からない。
結末は変えられなかったかもしれない。
だがそれでも、彼女に想いを告げておけばよかった。
好いていると、一言伝えておけばよかった。
俺の願いとは裏腹に、式は滞りなく進んでいく。
少し屈んだ彼女のベールを、土方さんが持ち上げた。
俺は夢想する。
もし、もしもあの時、俺が先に想いを告げていれば。
今日この瞬間、あそこに立って彼女の瞳に映っていたのは、土方さんではなく俺だったかもしれない。
ベールを上げ、指輪を交換し、口付けることが出来たのかもしれない。
そう思うと、胸が苦しかった。
締めたネクタイに、呼吸を邪魔されている気がした。
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