[11]二人歩いた足跡
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後にして思えば、それが異変の始まりだった。

風間様との生活が始まってから、一ヶ月ほど経ったある日のこと。
私たちはいつも通り、朝餉の後の散歩に出掛けた。
相変わらず長い足で悠々と歩く風間様の三歩後ろを、私は若干小走りになって付き従う。
その広い背中も見慣れたものだと、そんなことを考えながら歩いていたら、不意に風間様が立ち止まった。

「おい」

そして、不機嫌そうな低音。
私は驚いて、風間様と同じように足を止めた。
散歩の最中に話しかけられたのは初めてだった。
一体何を言われるのか。
歩くのが遅いとでも言うつもりか。
そう身構えた私を、振り返った風間様は真っ直ぐに見下ろして。

「俺は、お前を従者にしたい訳ではない」

そう、仰った。
それは知っている。
知っているが、今この場でどうしてそれを言われるのか分からない。

「はあ、存じておりますが……」

そう返すと、真紅の瞳が微かに細められた。
そして、何とも意外な言葉が返ってきた。

「ならば話は早い。隣を歩け」

一瞬、何を言われたのか分からなかった。
従者のように三歩下がって付いて歩かれるのが、気に入らなかったのだろうか。

「返事も出来ぬのか」

何も言えないまま呆然としていると、気怠げな口調に返答を促され、私はおずおずと頷いた。
違和感に首を傾げつつも、私は風間様の隣に並ぶ。
隣と言っても半歩後ろまでしか近寄れなかったが、風間様はそれで良いと思ったらしい。
再び歩き出した。
しかし相変わらず歩く速度が異なるものだから、少し気を抜くとすぐに元の三歩下がった位置に戻ってしまいそうで、私は遅れないよう気を付けながら歩いた。
すると、なぜか突然頭上から大きな溜息が降ってきて。

「え……?」

ふと気がつくと、頑張って速く歩かなくとも風間様の半歩後ろにいられるようになっていた。
風間様が歩調を緩めてくれたのだと気づくまでに、少し時間が掛かった。

「……ありがとう、ございます」

そう言って風間様を見上げると、彼は鼻先で小さく笑っただけで何も言わなかった。
意外、だった。
隣を歩けと言われたことも、歩く速度を合わせてくれたことも。
それは私が初めて感じた、風間様の優しさだった。

なぜ一ヶ月経った今になって突然そんなことを言い出したのかは理解出来なかったが、あえて理由を尋ねはしなかった。
その日初めて、私は風間様とちゃんと散歩をした気がしていた。


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