[10]困難な呼吸
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「ふうん…そうなの」

事情を説明すると、姫様は面白くなさそうな反応を示した。
他人事だと思って、という悪態は心の内に留めておく。

そもそも風間様が、この姫様に求婚してくれればこんなことにはならなかった。
遠くに鈴鹿御前を祖先に持つ、京の古き鬼、千姫。
今この日の本で、恐らく最も血筋の良い女鬼。
風間家の嫁としては、これ以上ない血筋のはずだ。
しかし風間様は姫様を選ばなかった。
その理由を聞いたことはないが、恐らくあの気位の高い風間様のことだから、己よりも血統の良い女鬼を嫁に迎えることに抵抗を感じるのだろう。
現時点での勢力や権力は西の鬼の頭領である風間様の方が大きいが、血統だけで言えば姫様には敵わない。
当然、無理強いが通用する相手でもない。
風間様にとって姫様は、手の出しにくい相手なのだ。
しかし私としては、風間様と姫様が婚儀を結んでくれていれば、と思わずにはいられなかった。

「姫様が嫁がれてはいかがですか?」

だからつい、そんな台詞を口にした。
すると姫様は、その愛らしい顔をあからさまに顰めてこう言った。

「嫌よそんなの。私、風間のこと好きじゃないの」
「……私もですよ、姫様」

あまりにはっきりとした物言いに、思わず苦笑が漏れた。
そういう明瞭なところが、好ましいと思う。

「まあ風間は貴女がいいって言ってるんだし、頑張ってねナマエちゃん」
「……他人事だと思って」

今度こそ、悪態が口をついて出た。
それに対し、姫様は声を上げて笑うばかりだった。


一刻半ほどで、私たちを探しに来たお菊さんに見つかり、たっぷりとお叱りを受けた。
それでもお菊さんは最後に、息が詰まるのも分かりますが、と私を労ってくれた。
息が詰まる。
まさにその通りだ。

毎日毎日、同じことの繰り返し。
決められた時間に起き、無言で朝餉を共にし、無言で散歩を共にし、また無言で昼餉を共にし、これまた無言で夕餉を共にし、最後に毎度お馴染みの問答で晩酌を終える。
当然相手は風間家の当主で格式を重んじる人だから、礼を欠くわけにもいかない。
私とて一応は名家の一人娘。
相応の作法と礼儀、教養は持ち合わせているが、それにしたってあまりにも型に嵌った生活には息が詰まった。
かと言って、自ら二人の間にある厚い壁を崩しに掛かろうとは微塵も思わない。
そんなことをしたらまるで、私が風間様に懐柔されたみたいだ。
そんな不本意な展開は避けたい。

結局のところそう、これは根比べなのだ。


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