[8]夜更けの戯言
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「お前も、飲むか?」

二日目の夜の晩酌もまた、その言葉で始まった。

畳の上に片膝を立てて座り、気怠げに背中を壁に預けた風間様。
私は昨夜と同様に否と答えた。

酒が飲めない訳ではない。
風間様のように、まるで水を飲むような勢いで銚子を三本空けてもなお素面でいられるほど強くはないが、かと言ってそこまで弱くもない。
ゆっくりとであれば、銚子の一、二本くらいは平気で空けることが出来る程度には飲める。
だがこの場で風間様と酒を酌み交わす気はなかった。
酒を共に飲む、ということは、友好の証でもある。
別に私は風間様を嫌っているという訳ではないが、だからと言ってわざわざこちらから心を開くつもりもなかった。
下手に付き合って、三々九度が云々など言われては堪らない。

風間様は私の返答に対して何も言わず、視線だけで酒を催促してきた。
私は盃を手渡し、そこに酒を注ぐ。
最初の一杯を、風間様は一息に飲み干した。
そしてまた私が酒を注ぐ。
相変わらず会話はない。
それでいい。
私は背筋を伸ばした正座の姿勢を崩さないまま、ただひたすら物言わぬ女に徹した。

その夜もまた昨夜と同様に、一刻ほどで風間様は飲むのをやめた。
私は盃を受け取ると盆に置き、退室しようと一礼する。
その時。

「ナマエ」

風間様に名を呼ばれた。
飲み始める前と変わらない、低音で緩慢な口調だ。
私は黙って顔を上げる。
すると彼は、こう続けた。

「俺の元に来る気になったか」

まるで、昨夜と同じ状況。
私は、驚きを通り越して呆れた。
同じような問いに否と答えてからまだ僅か一日しか経っていないのに、また問われるとは思ってもみなかった。
どういう神経をしているのか。
まさか是と答えると思っているはずがあるまい。
何かの戯れなのだろうか。
どちらにせよ、返答を求められたのであれば返す言葉はただ一つだ。

「いいえ、全くそのようなことはございません」



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