[7]笑顔の下に隠されたもの
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その日、風間様との相も変わらず終始無言の散歩を終え、屋敷の廊下を自室に向かって歩いていると、前から見知った男が近づいて来た。
鍛え上げられた大きな体躯、赤い長髪。

「こんにちは、天霧様」

立ち止まり、一礼。
同じく私に気付いた彼も、同じように一礼を返してくれる。
風間様とは大違いの丁寧さだ。
強面な外見に似合わず、天霧様は随分と穏やかな性格のようだった。

「呼び捨てて頂いて結構ですよ。貴女様は風間の奥方となられるお方ですから」
「あら、では尚更天霧様とお呼びせねばなりませんね」

柔和な口調で告げられ、同じく穏やかに返す。
天霧様はそれ以上この話題に触れることなく、少しだけ苦笑した。

彼もまた、風間様と同様に私を無理矢理里に連れ帰ろうという意思はないようだった。
恐らくは、私の身元を引き受けてくれているのが姫様であるが故。
風間家とて、京の千姫を敵に回したくはないだろう。
風間様も天霧様も、私がこの求婚に対して首を縦に振るまで待つつもりのようだった。
時間を無駄に浪費するだけの行為だが、私がそう言ったとて状況は変わらないのだろう。
私は風間様が諦めてくれる日を待つ以外、打つ手がない。

「風間と散歩に行かれていたようですが」
「はい。散歩というよりも競歩ですが」
「……それは、お疲れ様でした」
「お陰様で久しぶりに筋肉痛、などというものを味わうことが出来ております」

笑みを絶やさぬままに会話を続ければ、天霧様はいよいよ苦笑を深めた。
腹の内が見えづらい男だ。
だが恐らく、悪い人ではないのだろう。
そんな気がした。

「では、私はこれにて失礼します」

もう一度頭を下げ、私はその場を離れた。
そろそろ昼餉に向かわねばならない。
視界の端、天霧様がやれやれ、とばかりに頭を振ったのが見えた気がした。



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