[5]及ばぬ理解
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風間千景、という人について。
今日一日で、分かったことがある。

まず、朝は早いということ。
食事は同席者が揃ってから、というしきたりを重んじる。
次に、歩調が速い、というか脚が長い、ということ。
そしてその姿は、京の町でも一際目立つ。
最後に、酒に滅法強いということ。


初めて晩酌の付き合いをしたその夜。
風間様は、銚子を三本空けてもまだ素面と同じ表情だった。
飲む速度も乱れないし、座り方も至って通常通りだ。
かなりの酒豪らしい。
まるで水のように彼の喉を通り過ぎていく酒は、そこそこ高級な品なのだが、彼にとってはそのようなことなどこれっぽっちも問題ではないらしい。
風間家の当主なのだから、当然といえば当然だ。

私はと言えば、最初にお前も飲むかという問いを否定してから、徹底的に酌をするだけの女として座っていた。
私と風間様、二人だけの空間に会話は一切ない。
風間様はひたすら自分の配分で酒を飲み、盃が空になれば無言で私に差し出して来る。
それを受けて、私は盃を満たす。
その繰り返しだ。


「もうよい」

飲み始めて一刻程。
風間様が盃の中身を飲み干したにも関わらず、それを差し出して来ないので首を傾げれば、相変わらず気怠げな口調でそう言われた。
今夜はこれで仕舞いらしい。

「畏まりました」

私は空いた盃を受け取り、盆の上に戻した。

「では、失礼します」

一礼して、その盆を持ち立ち上がろうとしたその時。

「ナマエ」
「……はい」

風間様に名を呼ばれたのは、出会って二言目の求婚以来初めてだった。
ここに来て何か話があるのかと、私は盆を置いて再び風間様の隣に腰を下ろす。
すると風間様は、私の方など見向きもせずにこう聞いた。

「どうだ。俺の元に嫁ぐ気になったか」

一瞬、何を言われたのかさっぱり分からなかった。
その短い問いの意味を理解するまでに、明らかに通常よりも長い時間を要した。
そして理解が及んだ途端、隣に座る男の思考回路を疑った。
まさかその問いに、是と返ってくる要素が今日一日の中に欠片でもあったと思っているのだろうか。
そうだとしたら、些か頭が悪いのではないだろうか。

しかし流石に、例え心底思っていたとしても、風間家の当主に向かって馬鹿ですか、とは口が裂けても言えない。
代わりに私は、心の中でこの自意識過剰男、と三回唱えてから口を開いた。

「いいえ、全くそのようなことはございません」

私の先ほどまでとは違う馬鹿丁寧な敬語に、風間様は恐ろしい形相になった。
が、逃げるが勝ちだと私は部屋を後にした。





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