唇までの距離[2]
bookmark


ガチャリ、とドアの開く音に、俺の僅か10秒足らずの思案は綺麗さっぱり無に帰した。
何もない壁を見るともなしに見ていた視線は、その音に一も二もなく反応し、無意識の内にドアの方へと移った。
そして、そこに見た姿に息を呑んだ。

「ーーーっ、」

彼女が、俺の貸したワイシャツ一枚だけを身に纏った姿で立っていた。
その腕に、下に履くためにと渡したはずのストレッチパンツが掛かっている。
俺は余りの事に言葉を失い、彼女の頭から爪先までを思い切り凝視した。
濡れた髪はいつもと異なり一纏めになって右肩に掛かっており、白のワイシャツとのコントラストが美しい。
ワイシャツの袖は少し長かったのか、何回か折って捲られており、その華奢な手首が覗いている。
そして裾はと言うと、当然彼女には大きいため、俺が着ると腰辺りにくるはずが、それよりも下になってワンピースのような役割を果たしている。
果たしてはいるのだが、如何せん俺は成人男性としてさほどの長身ではない。
例えばこれが原田のワイシャツであれば、恐らく彼女の膝上くらいまで覆い隠していただろう。
だが俺のワイシャツではそこまで至らず、辛うじて尻の辺りまでを隠しているに過ぎない。
太腿が殆ど剥き出しの状態だ。
そして極め付けは、何も考えずに無地の白シャツを渡してしまったせいで、下着が若干透けて見えているのだ。

「こんな格好でごめんなさい。その、パンツも履いてみたんだけどやっぱり裾が長くて。綺麗だったから、折るのも申し訳ない気がしてさ」

そう言って、彼女はこの格好の理由を説明してくれた。
が、正直殆ど何も聞き取れなかった。
俺の視線を釘付けにした彼女が、困ったような表情で首を傾げる。
そこでようやく俺は、何か言わなければならない、ということに気づいた。

「…そ、そうか」

しかし口から出てきたのは、その一言だけだった。
もし仮に俺が口下手でなかったとしても、これ以上気の利いた返事など出来なかっただろう。

これは、これはどういうことだ。
彼女だって、洗面所の鏡で自分の姿を確認したはすだ。
その上で、そのまま俺の前に立ったということは。
俺がそれを見てどう思うか、分からない彼女ではないだろう。
これは、誘われている、と受け取って良いのか。
それとも信頼をされている、ということなのか。
どちらも好意的な感情には違いないのだが、今この状況でその二つは天と地ほども異なる意味を持つ。

俺がその真意を図り兼ねているうちに、彼女が俺の隣に腰掛けた。
彼女の髪からいつもの匂いではなく、俺のシャンプーの匂いがする。
それに気づいた瞬間、俺は慌てて立ち上がった。
すっかり顔に熱が集まり、耳まで熱い。

「な、何か飲む、だろうか」

俺は彼女を直視出来ず、明後日の方向を見たまま問いかけた。
しかし逃げ出した俺を、彼女がやんわりと捕まえた。

「…あとで、お水が欲しい」
「あ、後で…?」

鸚鵡返しに聞いた俺に、もう一度。

「そう、あとで」

彼女が艶っぽい声で囁いた。
ゆっくりと、ソファに腰掛ける彼女を見下ろす。
上目遣いに見上げてくる彼女と目が合った。
少し視線を下げれば、ワイシャツのボタンを上から3つまで開けているため僅かに見え隠れする胸の谷間。
さらに視線を下げれば、辛うじてショーツを隠しているワイシャツの裾から覗く白い太腿。
足首に向かって徐々に引き締まっていく脚は、程良い曲線を描いていた。

ごくり、と唾を飲む。
やがて、吸い寄せられるように彼女に覆い被さり、ソファの背凭れに両手を付いた。


prev|next

[Back]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -