夜の帳が降りる頃[1]
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見てるこっちからすれば、まどろっこしいったらありゃしねえ。


「よ、飲んでるか?」

そう声をかけて、空いた隣の椅子を引いた。
先ほどまでそこに座ってナマエと話していた後輩は、今は賑やかな先輩集団に囲まれて盛大なビール攻めに遭っている。

「ん」

返されたのはその一音と、おざなりな乾杯。
そしてナマエはまたグラスを呷った。
見た目からしてその中身はウイスキーだろう。
氷も入っていないそれを素面と変わらない表情で飲むのだから、こいつも大概酒に強い。
昔からだ。
情けないことに、いつも飲むたびに先に潰れるのは俺だった。
男としては立つ瀬がない。

「浮かねえ顔だな」

そう指摘すると、ナマエは露骨に顔を顰めた。
その薄い唇が、拗ねたように尖る。
分かってるくせに、と言いたいのだろう。

確かに原因など、聞くまでもなかった。
ナマエが先頭に立って進め、見事成功させたプロジェクトの打ち上げ。
そんな祝いの席なのに、機嫌を損ねているのは。
俺はゆっくりと、その原因に視線を向けた。
少し離れた席、周りの連中と違って静かに酒を飲む斎藤と、その隣に座って彼の方に身を乗り出している雪村。

「ま、飲めよ」

そう言って、店員を呼び止めるとナマエの酒を追加で頼んでやる。
ナマエは小さく苦笑い、グラスに残っていたウイスキーを一息に飲み干した。

ナマエが斎藤に惹かれているのを知ったのは、かれこれ一年ほど前だろうか。
その時も酒の席だった。
珍しく少し酔った彼女が、ぽつりと漏らしたのだ。
何となく察していた俺は、特に驚くこともなく。
くっ付くのも時間の問題だな、と思った。
なにしろ、その斎藤がナマエを好いているのは一目瞭然だったからだ。
あの性格だから、誰にも打ち明けたことはないだろうが、斎藤は入社直後からナマエにずっと片想いをしてきた。
少し見ていれば、すぐに分かることだ。
斎藤の視線は、いつもナマエを追っている。
元々仕事の速い奴だが、ナマエに任された仕事は仕上がりがより一層速い。
飲み会は嫌いな癖に、ナマエもいると分かれば必ず参加する。
俺からしてみれば、なんて分かりやすい奴。
気がつかないのは、当の本人だけだ。

「あーあ、年下の女の子、か」

ナマエは、斎藤と雪村が付き合っている、と思っている。
誤解だが、半分は当たりといったところか。
確かに雪村は、斎藤のことが好きだろう。
だがどう見ても、斎藤は雪村のことなど気にもかけていない。
だがナマエは、どうしてか二人の交際を確信してしまっていた。
今も、隣同士に並ぶ二人を見て落ち込んでいるのだ。
斎藤は多分隣に雪村がいることなど気付いちゃいないだろうと思ったが、敢えて口には出さなかった。

もしもナマエがずっと斎藤の方を見ていれば、確実に視線が合っただろう。
斎藤はずっと、ナマエの方を窺っている。
俺が隣に座ってから、その視線は鋭さを増した。
しかし肝心のナマエが彼らの方を見るまいと視線を外しているので、彼女は気がつかない。
斎藤が、嫉妬に燃えた視線で俺を睨みつけていることに。

「…あーあ、面倒な奴らだな全く」

小さく呟いて、グラスを呷った。





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