想いが溢れて零れる前に[9]
bookmark


たっぷり10秒は固まった。
付き合ってない、だと。
どういうことだ。
あれほど親しげにしておいて、付き合っていないというのか。

「あの、左之はね、幼馴染みっていうか、腐れ縁っていうか。その上私の妹が左之と付き合ってるから、もうなんか家族みたいなものっていうか」

そう、語られた内容に、俺の思考は止まった。
幼馴染み、腐れ縁、妹の彼氏、家族。
それらのフレーズが頭の中を駆け巡る。
そしてようやく口にしたのは、ひどく間抜けな一言だった。

「…あんたの、彼氏じゃないのか」

違うよと、彼女が否定を重ねた。
そして、呆然と立ち尽くす俺を見上げてこう言った。

「だから、謝るのは私。ごめんね。雪村さんに誤解されちゃったりしたら、私ちゃんと説明するからね」

彼女から聞かされた事の真相を何度も頭の中でリピートしていた俺は、その発言の意味を図り兼ねた。

「…何故雪村が今出て来るのだ」

そして今度こそ言葉を失った。

「え、だって、付き合ってるんでしょ?」

いよいよ意味が分からなかった。
雪村は単なる後輩であって、俺の交際相手ではない。そのように見たこともない。
何故そのような誤解が生まれたのか、皆目見当もつかなかった。

「付き合ってなど、ない」
「やだ、いいよ隠さなくて。昨日もずっと隣に座ってたじゃん」
「本当だ。彼女と交際などしておらぬ」

隣に座っていたと言われても、正直覚えていない。
何しろ俺は、離れた位置に座る彼女のことばかり目で追っていたのだから。
その隣に座る原田に、嫉妬していたのだから。

「いいのに、隠さなくて。千鶴ちゃん、可愛いじゃない」

なおも俺の言うことを理解しようとしない彼女に、俺は苛立った。
そして、恐らく原田とのことが誤解だったと知って気が緩んでいたのだろう。
俺は、とんでもない失態を犯した。

「だから違うと言っているだろう!俺が好いているのはあんただ!」

半ば叫ぶように告げてから。
え、と固まった彼女を目にして我に返った。
瞬時に熱が顔に集まったのが分かる。

「…いや、その、だな。今のは…」

しかし、今さら何を言ったところで無駄な足掻きだった。
顔を見られないように俯くくらいが関の山だ。
だからその時の俺は気がつかなかった。
彼女が俺と同じように、頬を染めていたことなど。
全く知らず、俺は羞恥心と後悔で震えていた。






prev|next

[Back]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -