想いが溢れて零れる前に[7]
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竹刀を振る。
俺が最も集中出来るはずの、その行為。
だがいまは剣道すら、俺の頭の中を空にはしてくれなかった。
邪念ばかりで道場に立つ、そんな己が許せず、俺は開始30分でその日の稽古を切り上げた。

飲み会から一夜明けた、土曜日。
確かに毎週道場に通ってはいるが、決して行かなければならない用事でもない。
だが俺は、今日だけは自宅にいられなかった。

昨夜、彼女を寝室に残し、俺はリビングのソファに横になった。
だがまさか、眠気など襲ってくるはずもなかった。
多量に摂取したはずのアルコールは、いつの間にか全て吹き飛んでいた。
目を閉じれば脳裏に浮かぶ、先ほどの彼女の姿。
嫋やかな寝姿を思うだけで、劣情が駆け巡った。
何度寝室のドアを開けようとしたか知れやしない。
なけなしの理性でそれを押し留め、ソファに腰を下ろし、そしてまた立ち上がって。
そんなことを繰り返しているうちに、気が付けば日が昇っていた。

そこではたと思った。
彼女に、何と説明すれば良いのだろうか、と。
眠ってしまったから自宅に連れ込みました、だなんて。
やむを得ない状況だったならまだしも、あの時は他に方法があったというのに。
これは完全に親切ではなく、俺が己の欲望に忠実に従った結果だ。
そう思い至った途端、居ても立っても居られなくなった。
俺は慌てて道場に向かう支度をした。
彼女が起きてくる前に、その場から逃げ出したかった。
その時になって初めて、俺はスーツのジャケットすら脱いでいなかったことに気づいた。


おはようございます。
よく、眠れましたか。
俺は用事があるので先に家を出ます。
家の中のものは好きに使って頂いて結構です。
スペアキーを置いておきます、帰りに郵便受けに入れておいて下さい。

斎藤 一


道場を後にして、近くの公園のベンチに腰を下ろした。
時刻はまだ午前10時。
彼女はもう起きただろうか。
それほど酔っ払ってはいなかった故、恐らくもう起きてはいるだろう。
しかし、女性とは支度に時間がかかるはずだ。
使っているかどうかは分からないが、シャワーを浴びて化粧をし直して、などとしているとしたら、まだ俺の自宅にいるかもしれない。
午前中いっぱいは帰宅しない方が得策だろうと思えた。
万が一鉢合わせした時に、どんな顔をすればよいのか見当もつかなかった。
彼女に何を言われるかと思うと、怖かった。

俺は決して彼女の特別ではなかったが、それなりに良好な関係を築いてきたとは思っている。
あくまで仕事上での話ではあるが、彼女は俺のことを認めてくれていたように思う。
信頼を、してくれていたはずだ。
だが俺は昨夜、その信頼を裏切ったのだ。
男として、してはいけないことをしたのだ。
こんなことがあった後でも、彼女は俺と共に仕事をしようと思ってくれるだろうか。
それとももう、顔も見たくないと思われるだろうか。
幸か不幸か、プロジェクトチームは昨日で解散だ。
週明けの月曜日、俺は彼女に何と言えばよいのだろうか。
彼女はもう、俺と関わろうとはしてくれないかもしれない。
そう思うと、自業自得だと分かってはいても胸が軋んだ。

結局その日俺が自宅に帰る気になったのは、昼を通り越して夕方だった。



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