想いが溢れて零れる前に[4]
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こういう時は、どうすればいいのだろうか。
俺は、殆ど真っ白になりかけた頭で必死に考えようとする。
しかし視線は右下に釘付け、心臓は痛いほど脈打ち、脳は正常な働きを失ってしまっていた。
今の俺に足りないものは、知識と経験と、そして度胸だ。

学生時代は、学業と剣道に殆ど全てを捧げた。
剣道部の先輩であった土方さんに勧められ、今の会社に就職した。
入社してからは、仕事一筋。
休日は今でも道場に通っている。
つまり俺には、所謂恋愛、と呼ばれるものの経験値が圧倒的に不足していた。

女性と交際をしたことがないわけではない。
学生時代から親しい友人は女性にひどく人気があったり、はたまたとんでもなく女性好きだったりと、俺の身の回りには俺自身の意思とは無関係に女性が多くいた。
総司や平助の策略で合コン、とやらに連れて行かれたこともある。
そんな流れで半ば無理矢理押し切られる形で、なんとなくそんな仲になった女性もいる。
だが俺自身にその気持ちがないのだから、当然長続きするはずもなく。
総司曰く、俺には中学生レベルの恋愛経験値しかない、のだそうだ。
否定は、出来ない。

今まで、誰か女性を好きになったこと、というのがなかった。
可愛らしい、だとか、綺麗な人だ、だとか、そんな感想を持つことはある。
俺とて立派な成人男性だ。
所謂そういった欲も、少なからず持ち合わせてはいる。
だが、誰か一人を大切に想ったり焦がれたり、という経験はなかった。
…彼女に、出逢うまでは。

俺は既に気づいている。
彼女に対する気持ちが、先輩への敬愛ではなく、女性への恋情だということに。
だが初めて好いた相手には、どうやらお似合いの恋人がいて。
ルックスも性格も仕事も申し分なし。
俺には到底手の届かない人だった。

だがそう理解していたとて、気持ちが薄らぐわけではない。
むしろ、届かないところにあるものに必死で近付こうとするあまり、気持ちは日々膨らんだ。
仕事は元々好きだったが、彼女に認められたいがためにより必死になった。
その笑顔が、たとえ先輩として後輩を気遣うためのものだとしても、己に向けられることが嬉しかった。
情けなくも、彼女の一言に一喜一憂した。
そして、隣に当たり前のように立つ原田に嫉妬した。
いつか、いつか俺を、せめてただの後輩ではなく一人の男として見てくれはしないだろうかと、そう切に願っていた。

そんな彼女が、いま。
俺の右肩に頭を預け、あどけない寝顔を晒している。


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