想いが溢れて零れる前に[3]
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店を出て、三次会に行く組と帰宅組とで別れた。
そこで俺は、意外な事実に気づく。
駅まで歩く道、彼女の隣に原田がいないのだ。
振り返れば、三次会へと向かう集団の中に原田の背中を見つけた。
隣に平助がへばり付いている。
断りきれなかった、ということだろうか。
いつも彼女と帰る原田にしては珍しい、と思った。
今なら、少しは近づけるだろうか。
俺は少し歩調を速め、帰宅組の先頭を歩く彼女に近寄った。
その時。

「え、ちょっと、大丈夫?」

不意に、メンバーの一人が電柱にしな垂れかかるようにして立ち止まった。
酔いが回ったのだろうか。
彼女が心配したように立ち止まる。

「これは駄目だね、タクシー捕まえようか」

だが、金曜の深夜の繁華街。
タクシーを捕まえるのも一苦労、という状況だ。
彼女は溜息を一つ。

「皆、先に行って。最悪私もタクシーで帰るから」

彼女はそう言って、終電の迫った他の面々を帰路に促した。
申し訳なさそうにしつつも、皆が駅へと歩き出す。
彼女は辺りに視線を走らせると、その方がタクシーを捕まえやすいと判断したのか元来た横断歩道を渡ろうとした。

「俺が行きます」

それを、遮って。
小走りに横断歩道を渡る。
信号の手前でタクシーを拾った。
彼女と協力して、酔い潰れた後輩をタクシーに押し込む。
彼が自宅の位置を運転手に告げたのを確認して、タクシーから離れた。
すぐさま走り出した車を見送る。
隣で、ふう、と彼女が息を吐いた。

「ありがとう、助かっちゃった」
「…いえ」

あんたと男を二人きりにするのが嫌だった、なんて本音は勿論言えるはずもなく。
俺は言葉少なに視線を逸らした。

「ああ、やっぱり。終電なくなっちゃった」

左手首のシンプルな腕時計に視線を落とした彼女が、残念そうな口振りで呟く。
そして俺を見上げて。

「巻き込んじゃってごめんね、斎藤君」

酔っ払っているようには、見えない。
彼女は酒には滅法強い。
だがその瞳は、アルコールのせいか少し潤んでいた。
俺は男として決して長身ではないが、それでも彼女よりは背が高い。
自然と上目遣いに見つめられ、心臓が跳ねた。

「い、いや。あんたが謝ることでは…」

情けないほどしどろもどろに、それだけ告げれば。
彼女は小さく笑った。
そして、再び道路に視線を向ける。
少し待って、もう一台のタクシーを捕まえた。

「斎藤君、先にどうぞ」
「何を…そんなわけにはいきません」
「いいのいいの、私の家そんなに遠くないし」
「そういう問題では。あんたをこんなところに一人で残すわけにはいきません」

短い時間の押し問答。
折れたのは彼女だった。
ありがとう、と言いかけて。
不意に家の場所を尋ねられた。
素直に答えれば、彼女は笑う。

「なんだ、同じ方面なの。じゃあ一緒に乗ればいいよね」

そう言い切って、俺の返事も待たずに俺の腕を引いてタクシーに乗り込んだ。
驚きすぎて、まともな抵抗も出来ないまま。
気がつけば俺は、彼女と並んでタクシーの後部座席に座っていた。
先ほど掴まれた左の手首が、スーツ越しだったというのに熱を持っているようで。
俺は高鳴る鼓動を悟られないようにと、必死で深く息を吸い込んだのだが。

「ふふ、なんか悪いことしてる気分」

無邪気に落とされた爆弾発言に、思い切り噎せた。


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