想いが溢れて零れる前に[2]
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「1年間お疲れ様でした!みんな本当にありがとう。今日はとことん飲みましょう…乾杯!」

そう言って、彼女は晴れやかな笑顔を見せた。
1年間に渡ったプロジェクトの終幕。
考え得る限り最高の結果を出したメンバーの表情も、達成感に溢れていた。
あちこちで、グラスが打ち鳴らされる。
スケジュールに追われ仕事に追われ厳しい1年だったが、同時にとても充実した毎日だった。

「斎藤君もお疲れ様、本当にありがとうね」

そう言って掲げられる、瓶ビール。
本来ならば上座に座っていればいい立場なのに、こうして一人ひとりを労い酌をする彼女。
厳しさと優しさを絶妙なバランスで兼ね備えた彼女は、部下からの信頼も厚かった。

「恐れ入ります」
「気にしない気にしない、ほら」

並々と注がれるビール。
彼女自身、ようやく重圧から解放された喜びが大きいのだろう。
その笑顔はいつもよりも無邪気に見えた。

「斎藤君のおかげで助かったよ。いい仕事してくれたね」
「…いえ」

己の仕事が、彼女に敵うとは到底思っていない。
だが、少しでも力になれたのだろうか。
そう思うと面映かった。
彼女は最後にもう一度ありがとうねと俺の肩を叩き、次に向かう。

「藤堂君、飲んでる?」
「飲んでますよーミョウジさん!」
「お、いい飲みっぷり。まだまだいけそうだね」

だが所詮、俺は多くの中の一人でしかない。
何も、特別などではない。
俺の同期である平助と、盛り上がる彼女を見つめる。
あんな風に、和気藹々と話せる話術もない。
どうすればもっと彼女に近づけるのか、何も分からない。
俺は黙って、グラスの中のビールを飲み干した。

盛り上がりを見せた打ち上げは、そのまま二次会に雪崩れ込んだ。
飲み会の席でも決して自分の立場を忘れない彼女はいつだって、酒を酌み交わすことで深まるチームワークを意識している。
話題の中心となり、自ら率先して皆に平等に話しを振り。
コミュニケーションの円滑さや、お互いの理解が深まるよう意識して振舞っている。
彼女にとっては、酒の席すらも仕事場だ。
しかし二次会も終盤ともなれば、彼女もその場を酔っ払って盛り上がる後輩に任せ、少しだけプライベートな顔を覗かせる。

今日も、盛り上げ役を平助に託した彼女は、テーブルの端で原田と二人、静かに酒を酌み交わしていた。
周りが異様なテンションで騒ぐ中、二人は少し難しい顔つきで何かを話し込んでいる。
離れた席からは、何を話しているのか全く分からなかった。
その空間だけが、まるで別世界のようで。
俺はただ黙って、二人を見ていることしか出来ない。
その絆の深さは、共にチームとして働いたこの1年間で良く分かっていた。
リーダーとしての立場を見事に貫く彼女が、唯一原田にだけは気を許す。
少し無理しがちな彼女をさりげなく支える原田。
俺には決して立てないポジション。

俺の視線の先で、不意に彼女が困ったような苦笑を浮かべる。
その後に原田が取った行動に、俺は唇を噛んだ。
原田は、彼女の髪をくしゃりと撫でたのだ。
髪を乱された彼女が、文句を言いながら手櫛で直す仕草をする。
だがその表情は、楽しそうで。
先ほどの困ったような表情は、すっかり消えていて。
俺はただただ酒を呷る。
嫉妬、などという感情がお門違いなのは充分分かっていた。
彼氏が他の男に対して嫉妬するならまだ分かる。
だが、全く関係のない男が、好いた女の交際相手に嫉妬するなど、ただの独り相撲だ。
話にならない、分かっている。
理解しているのに、それでも胸は締め付けられた。
いとも容易く彼女に触れられる原田が、ただ羨ましかった。

プロジェクトの成功という大きな達成感に、金曜の夜という状況が重なった。
終電間近だというのに何人かは、このまま朝まで飲もうと騒いでいる。

「斎藤さんはどうするんですか?」

不意に話しかけられて振り向けば、隣に後輩の雪村が座っていた。
三次会、朝まで。
普通であれば、間違いなく断っている。
そもそも俺は、あまり飲み会に参加するのが好きではない。
酒は静かに飲みたい性分だ。
そんな俺が二次会にまで参加しているのは、全て彼女の存在が故。
この1年間、彼女がいる飲み会にだけは必ず参加してきた。
少しでも話せればと、チャンスを逃したくなかった。
結局いつも、原田と楽しげに話す彼女を見て苦々しい気持ちになると分かっていて。
それでも同じ空間にいたいと、願った。

「…あ、それは…だな」

三次会、彼女は行くのだろうか。
彼女が行くのならば、俺も行こう、と。
少し離れた所にいる彼女の方に視線を向ければ、微かに聞こえてきた声。
勘弁して、私はパス、と。
彼女が言ったから。

「いや、もう帰る」

雪村にそう告げた。
彼女がいないのならば、行く意味がなかった。



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