瞼の裏には彼女の笑顔[3]
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「ボンジュール、ヒーロー」


お決まりの台詞と共に、アニエスが事件の知らせを届けてきたのは、今まさに定時になろうかという時刻。

午後のトレーニングもしっかりこなし、事務所に戻って帰り支度を終え。
デスクの上を綺麗さっぱり片付け終えたところだったバニーが一瞬顔を顰めたのを視界の端に捉えながら、俺はアニエスの話を聞いていた。

「シルバーイースト地区のスーパーで火災発生。建物の中に客が閉じ込められたわ、鎮火もまだよ。大至急向かって」

いつもよりも緊迫した、アニエスの口調。
それだけで、いかに現場が厳しい状態なのか窺える。
俺は、ちらりとバニーの顔を盗み見た。

せっかく、今日は早く帰れそうだったのに。
ナマエとの時間を、美味しい夕飯を、楽しみにしていただろうに。
だが、悲しいかなヒーローとはそういう仕事で。
自分のプライベートなんて、関係ないのだ。
市民に危険が迫るなら、すぐさま向かわなくてはならない。

それは俺もバニーも、自ら選んだ道。


「…行きましょう、おじさん」

顔を上げたバニーの、翡翠の瞳の奥に。
真っ直ぐ突き刺すような、鋭さを見つけて。
俺たちは同時に駆け出した。

ヒーロースーツを装着して、現場へ急行。
太陽が闇へと飲み込まれる直前の、焼けるような大空に立ち上る煙り。
消防車が何台も、消火にあたっている。
ブルーローズが来れば話は早いのだが、まだ来ていないようだ。
それでは、間に合わない。

「虎徹さん!」

バニーも同じことを考えたらしい。
頷き返して、燃え盛る建物へと揃って駆け出した。
中に残された人たちを助けるには、時間との勝負が鍵になる。
ブルーローズを待っている時間はなかった。

「残念だったな、バニー」

走りながら、隣りの相棒に声をかける。
救出と消火を終えてTV中継が終わる頃には、もうすっかり夜遅くになってしまうだろう。
せっかくナマエが待っているのに、バニーにとっては残念だろう。
あんなに楽しみにしていたのだから。

てっきり、沈んだ声が返って来るかと思っていたのに。
前を向いたままのバニーが発した声は、予想していたよりもずっと明瞭で。
ずっと、力強かった。

「大丈夫ですよ、すぐに終わらせますから」

真っ直ぐに、燃え盛る炎を見据えて。
躊躇うことなく割れた窓から中へと飛び込んで行く。
その、姿。

「…待ってろよ、ナマエ。すぐに帰るってさ」

きっと、バニーの瞼の裏にはいつだって。
彼女の笑顔があるのだろう。
そこに、帰ろうとするのだろう。

そんなふうに、思いながら。
俺は相棒の背中を追い掛けた。



瞼の裏には彼女の笑顔
- 焼き付いて、離れない -




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