いつかどうしようもなく
泣きたくなったその時は[1]

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別に、何があったというわけではない。

朝、いつも通りに携帯電話のアラームで起きて。
簡単な朝食、いつもと同じ通勤。
午前中はメンテナンスルームでスーツの調整をして、午後はトレーニングルームに顔を出した。
何人かのヒーローたちと話をしたり、虎徹さんの体力テストを手伝ったり。
今日はこれといった事件もなく、ヒーローTVはお休み。
夕方に少しだけロイズさんの愚痴に付き合って、斎藤さんと明日のシュミレーションの打ち合わせをして。
定時を少し回った頃に、アポロンメディアを出た。

至って普段通りの一日。
なのに、どうしてだろう。

なにか、胸の奥辺りがスッキリしなくて。
なんとなく、身体も気分も重たい。
ちょっと疲れてるのだろうか、早く帰って寝てしまおうか。
そう思っても、なんだか気が進まない。
ストレスが溜まっているのだろうか。

だったら、と立ち寄ったゴールドステージのショッピングモール。
給料も出たばっかりだし、ストレス発散に買い物をしようかと。
いつもだったら見ているだけで楽しくなるお気に入りのショップに足を踏み入れてみても、一向に気分は浮上せず。
以前から気になっていたバッグを見てもそそられなくて。
早々に諦めて帰路についた。

こうなったら飲むしかない、と。
自宅近くにある、珍しい輸入品をたくさん揃えたスーパーに寄ってワインとチーズを物色。
しかし食欲すらないことに気づいて、それも断念した。

何も買わずにスーパーから出て、夕方の街で途方に暮れる。
このまま自宅に帰るしか、もう選択肢はないかと諦めたところで。
ふと、思い浮かべた顔。
いつも傍にいる、ちょっと気障な男の胡散臭い笑顔。

気がつけば、意識することなく足が向かっていたのは。
恋人が住む、高級マンションだった。


別に、何か悲しいことがあっただとか。
何かに苛立っているだとか。
すごく疲れているだとか。
そういうことではないのだ。

でも何かが、胸の奥に爪を立てるように。
引っ掛かるような、掻き毟られるような。
身体の内側から立ち込める、不安定な感覚。
以前なら、お酒を飲んで好きなことをして寝てしまえばいい、と思えたはずなのに。

今、無意識に求めてしまったものは。
ただ、ひとり。


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