記憶の中の白い海は[3]
bookmark


「お前の愛情は、その程度のもんだったのか?」

真っ直ぐに、睨みつけられて。
ああ、この人の言う通りだと思った。

僕は一体、何をしていたんだろう。
ナマエに忘れられて、勝手に落ち込んで。
裏切られた気分になっていた。
ナマエだってきっと、忘れたくて忘れたわけじゃないのに。

たとえ記憶がなくたって、ナマエはナマエだ。
どんな時も、世界で1番大切な僕の恋人だ。
それを、ナマエが忘れていたとしても。
僕は、忘れない。
あの温もりも、優しさも。
ぜんぶぜんぶ、覚えている。


「虎徹さん…」
「落ち込むのはまだ早いぜ、バニー。一生思い出さないと決まった訳じゃないんだ。とりあえず、また始めてみろよ」

ニカッと、歯を見せて笑う虎徹さんに。
僕は頷いた。

「さ、今日はもう帰って早く寝て、そのひどい顔どうにかして来い!ナマエの見舞いはまた明日だ」

ロイズさんには伝えておく、と言われて。
僕はその言葉に甘えることにした。


自宅に向かって歩きながら、僕は考える。

そうだ、その通りだ。
ナマエは無事に、ちゃんと生きているんだ。
記憶がなくたって、そこにいるんだ。

だったら、僕は何度でも彼女を愛そう。
何度でも恋をしよう。

最後に虎徹さんが言った台詞を思い出す。
記憶喪失は、大事な記憶ほど失いやすいのだ、と。
それを、信じてみようと思う。

明日の朝、お見舞いに行って。
また、初めましてから始めよう。
今度は僕の方から、右手を差し出そう。
また、たくさんの時間を重ねて。
ナマエの中に、僕との思い出をまた作って。
また、好きだと伝えよう。

世界でたった1人の、愛しい人。
僕は彼女を諦めない。
何度でも、好きだと言おう。

今までのことは、僕が一生覚えているから。
彼女の代わりに、僕が全部。
だから明日からは、また2人で記憶を重ねよう。

「ナマエ…」

呟いた名前に、そう誓った。


prev|next

[Back]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -