記憶の中の白い海は[1]バーニィ。
そう言って綺麗に笑った貴女の残像が。
白い光の中、朧げに消えた。
「どちら様ですか?」
全く邪気のない表情で、こてりと首を傾げて。
見上げてきたナマエに、頭の中が真っ白になった。
「はっ、ちょ、笑えねーってナマエ」
僕の隣りで、虎徹さんが乾いた笑い声を上げる。
病院の個室、その白い部屋で。
リクライニングベッドの背もたれに身体を預けたナマエは。
「冗談になんねーぞ!」
そう怒鳴った虎徹さんを、訝しげに見つめて。
「ちょっと、そんな大声出さないで下さいよ。これでも一応病人ですよ、虎徹さん」
その、いつもより少し血色の悪い唇から零れた名前に。
僕はただ愕然となった。
「ナマエ…?」
虎徹さんが、呆然と呟く。
「まさか、本当に分からないのか…?」
ナマエが突然倒れたと斉藤さんから連絡があったのは、今朝のことだった。
僕と虎徹さんはすぐ病院に向かい。
今ようやく、面会が叶ったわけなのだが。
虎徹さんの言葉に首を傾げるナマエは、どうやら僕のことに関する記憶だけが抜け落ちている。
そう考えて、間違いないだろう。
急に、足元が音を立てて崩れていく気がして。
ふらり、とよろめいた僕を虎徹さんが慌てて支えた。
なぜ、どうして、嘘に決まっている。
そんな、疑問と否定が頭の中を駆け巡る。
だが事実、目の前の彼女は僕に向かってどちら様ですかと尋ね。
知らない人に向ける視線を送ってくる。
そこに、いつもの柔らかさはない。
ナマエは、僕のことを忘れてしまっている。
僕と過ごした時間も、互いの間にある愛情も。
全て、覚えていないのだ。
それを脳が認識した瞬間、息が出来なくなって。
「あ、おいっバニー!」
虎徹さんの声を振り切って、病室を飛び出した。
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