[52]愛欲
bookmark


十一月二十日。

保科です。
二作目の出版決定、おめでとうございます。またあなたの書いた作品が読めるのだと思うと、今からとても楽しみです。執筆、お疲れ様でした。
俺は今、試合で仙台に来ています。こちらはやはり大阪より寒いです。もうすっかり冬ですね。


次の初春に新刊の出版が決まったと、彼女からメールがあった。
それは、彼女が嬉しそうに報告してくれたという事実まで含めて、保科をまるで自分のことのように喜ばせた。
彼女の努力が実を結んだということが素直に嬉しいし、純粋に一読者としても彼女の本を楽しみにしている。
今度はどのような話なのだろうか。
彼女の書いた本が書店に並ぶ姿を想像するだけで、期待感が高まった。
彼女は、初めて出版した本を保科に送ってくれたが、保科は後日、書店に立ち寄って自費でもう一冊購入したのだ。
一冊は自宅に、一冊は常にバッグの中に入っている。
彼女の本が、注目の新人作家による大賞受賞作品として平積みされている光景は、保科の胸を熱くした。
保科は、未だ誰にも馴染みのないペンネームの向こうに彼女の存在を知っている数少ない人間の一人として、その景色を目に焼き付けた。
そんな彼女の二作目を買いに行く日が、待ち遠しい。
ネットで調べればちゃんと発売日が公表されていて、その事実に保科はまた嬉しくなった。

保科はホテルのベッドに腰掛け、もう幾度も読んだ彼女の本を広げる。
ストーリーは覚えてしまったし、何なら、そろそろ一部を諳んじることも出来そうだ。
それでも、彼女が綴った言葉の一つひとつを、こうして追いかけたくなる。
この本の中には、保科が初めての恋に落ちた彼女が詰まっていた。
最初の一章だけを読んで、保科は本を閉じる。
試合の前夜だ、睡眠不足は避けたかった。
本を大切に仕舞ってから、ベッドに寝転ぶ。
今月からまた、保科は試合に出るようになっていた。
吹っ切れた、という表現が恐らくは適切なのだろう。
電話越しに彼女の声を聞いているうちに心が鎮まり、そして改めて彼女から貰ったメールを読み直しているうちに、大切なことに気付いた。

私は一通り書き終えてから読み直している間に、ふと別のシチュエーションが思い浮かんだりして、大幅に書き直すことが多いんです。遠回りなやり方だなあとは思いますが、私にとってはこれが最短のようです。

立ち止まり、振り返る。
保科も同じことをしてみた。
そうしてみて、一つ分かったことがある。
数ヶ月前と今とで決定的な差は、自らが理想とするプレーをしているか否かなのだ、と。
そう理解してからは早かった。
チームのためにプレースタイルを変えることは、団体競技のプロとして当然だ。
保科はすぐさま、自らのやり方を切り替えた。
そうすれば、自らのプレーはあっという間にチームに馴染んだ。
先々のことは、まだ悩んでいる最中だった。
だが少なくとも今季は、これが最善だと思っている。


ありがとうございます。私も、ようやく形が見えてきてほっとしています。出来たらまた送りますね。
昨日の試合、お疲れ様でした。後半の、五人抜きからのセンタリング、圧巻でした。
もうすぐEAFFですね。週末の試合はどちらも観に行きます。今からとても楽しみです。


試合の翌日に、彼女からメールが届いた。
その内容にそっと頬を緩め、メールを保護する。
彼女から届いたメールの数は、もう二百を超えていた。
殆ど同じ件数、保科からも彼女にメールを送っている。
週に一度のやり取りは、途切れたことがなかった。
彼女に想いを告げてから、もうすぐ四年が経つ。
長い片想いだが、つらいと感じることより支えられていると感じることの方が多かった。
それは偏に、彼女の気遣いのおかげだろう。
付き合ってもいない男から毎週届くメールに、律儀に返事をくれた。
応援し、労い、優しい言葉を掛け続けてくれた。
他の経験などないから比べようがないが、恐らくとても恵まれた片恋だろうと保科でも思う。
ただ、この四年間、会えた回数が両手で数えると指が余ってしまうほど少ないということだけは、保科を苦しめた。
特に、一度触れてしまってからはもう駄目だった。
保科は彼女の温もりや匂いを知ってしまったのだ。
それは、決して忘れられるものではない。
記憶に焼き付いたあの瞬間に対する切望は、日増しに大きくなっていった。

触れたい。
抱き締めたい。
彼女のあたたかさを感じたい。

保科はベッドに寝転び、深く息を吐き出す。
これは駄目なパターンだとすぐに分かってしまうくらい、もうこの行為にも慣れてしまっていた。
こんなことの回数より彼女に会う機会を増やしたいものだが、現実は儘ならない。
彼女を想って自らを慰める性的快感を知り、さらに実像を伴った彼女の体温を知ってしまった後ではもう、我慢しろという方が無理な相談である。
十代の頃、月に一度処理するか否かという頻度だったことがまるで嘘のように、保科の身体は頻繁に欲情した。
視覚的興奮を促す、その手のものは一切見ない。
保科は脳裏に浮かべた彼女の姿に興奮し、この腕にたったの一度だけ抱き締めた彼女の身体を思い出して切ないほど欲情し、彼女のことだけを考えて自慰をした。
慣れたといっても、快感そのものに耐性がついたわけではない。
いつだって、彼女を想いながら自慰に耽ると、自分でも信じられないほどに気持ちが良かった。
昔、事務的に抜いていた行為と同じことをしているとはとても思えないほどに、保科の身体は敏感に快楽を拾った。
口を何かで塞いでいないと、みっともない声が漏れるほどだ。
彼女の乱れた肢体を想像するだけで勝手に硬く勃ち上がる性器を擦る快感は、そういったことに一切の興味を持たなかった思春期を今取り戻そうとするかのように、保科を虜にした。

左の前腕を口元に充てがい、右手でジャージとパンツを乱暴に引き下ろす。
すっかり腹に付きそうな勢いで勃起した性器を握り、先端から零れる先走りを絡めながら上下に擦った。
すぐに快感が下半身を覆い、腰が不規則に跳ねる。
鼻息荒く呼吸を繰り返しながら、夢中で陰茎を扱いた。
目を閉じ思い浮かべる、彼女の姿。
衣服越しの体温と匂い、その身体の形は知っているが、そこから先は未知の領域だ。
服に隠れた肌は、首筋や脚のように白いのだろうか。
彼女の素肌に触れると、どんな感触なのだろうか。
胸や尻の形は、その柔らかさは。
彼女の中に入ると、どれほど気持ちが良いのだろう。
彼女はどんな声で、どんな表情で乱れるのだろう。
そうして、知り得ない彼女の痴態を想像するその背徳感は、保科をどこまでも興奮させた。
頭がおかしくなるほど、それしか考えられない。
手の動きはどんどん速くなり、酷く粘着質な音が響いた。

「……ん、ぅ………っ、ぅ、」

腕に歯を立て、声を押し殺す。
腰は、最早保科の意識を越えたところで勝手にびくびくと跳ねていた。
その度、シーツに踏ん張る両足の爪先がきつく丸まり、喉が仰け反る。

「ん、んん……っ、ぅんん、ン、」

全身から汗を滲ませ、保科は唸った。
彼女の中を突き上げんと、腰が規則的に上下する。
その都度、スプリングが軋んだ。
もういける、いく、でる。
保科は咄嗟に左手で枕元のティッシュを数枚引き抜き、右手の動きはそのままに、亀頭の先をティッシュで包み込んだ。
いつもこの瞬間だけ、保科は声を漏らす。

「あ、ぁぁ、ーーーーッ」

ぐっと腰を突き上げた体勢で全身の筋肉が硬直し、勢いよく吐精した。
性器が脈打ち、精液が数度に分けてティッシュに叩き付けられる。
その全てを出し切り、一拍後、保科の腰はどさりとベッドに落ちた。
荒い息を繰り返しながら、放心したように寝転ぶ。
射精して頭が冷える度、彼女への罪悪感で押し潰されそうになっていたのはいつ頃までだったか。
今では、物足りなさに胸が疼くようになっていた。
身体としては射精して満足したはずなのに、心がとても虚しくなる。
想像ではなく、ここに彼女がいてくれればと、叶わぬ願いに焦がれる。
あの小さな身体を抱き締め、温もりを感じながら愛したかった。
この瞬間の寂しさは、耐え難い。
ならば自慰をしなければいいのにと思っても、身体は正直で、また数日と空けぬうちに欲求を満たさんと疼くのだ。
彼女への愛欲は尽きることを知らない。
本当に、恋愛とは儘ならないものであった。



prev|next

[Back]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -