[53]契機
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十二月二十日。

保科です。
先日は試合を観に来て頂き、ありがとうございました。試合での勝利だけでなく、大会での優勝もあなたにお見せしたかった。不甲斐ない結果となってしまいました。


EAFF E-1 サッカー選手権決勝大会が、先日閉幕した。
保科が再び代表の一員として参加したこの大会で、日本は準優勝。
韓国に敗れ、惜しくも優勝を逃した。
総当たり戦の結果は二勝一敗。
二勝一引き分けの韓国に、首位を許した。
彼女は計三試合のうち、週末に行われた二試合を観に来てくれた。
その二試合で勝利を収め、彼女がいなかった一試合で敗北を喫したことは、ロマンチシズムの要素など欠片も持ち合わせていない保科をしても、奇妙な偶然を意識せずにはいられない。
どうやら彼女は勝利の女神らしいと、保科はらしくないことを思った。


試合、お疲れ様でした。
総合的な結果としては、保科さんはきっと満足されてないんだろうなと思うのですが、私が観させて貰った最後の試合の逆転劇は正直泣きそうになるほど感動しました。同点に追いついた保科さんのシュートと、お兄さんの決勝点、凄く凄く格好良かったです。保科さんはやっぱり、お兄さんたちと一緒にプレーしている時が一番楽しそうに見えますね。私の気のせいかな。素晴らしい試合を観させて頂きました。ありがとうございます。


EAFFの結果は残念だったが、それを引き摺っている時間はない。
翌週末には天皇杯の準決勝が控えている。
A代表の試合が多く、リーグ戦ではあまりクラブに貢献出来なかったため、せめて天皇杯ではチームを優勝に導きたかった。
そう決意して臨んだのだが、悔しいことにチームは決勝でPK負け。
あと一歩のところで優勝を逃した。

そうして長かった一年が終わり、一月二日、チームはオフシーズンを迎える。
一月いっぱいは、日本代表としての試合や練習もない完全なオフだった。
勿論、個人練習まで休むつもりはない。
日課にしているランニングをはじめ、基礎的なトレーニングは欠かさない。
だが、休養期間が必要であることも理解しているので、普段より練習メニューの量を減らし、その分を身体のメンテナンスに充てるつもりだった。
サッカーはそのハードさ故、故障の多いスポーツだ。
長く続けるためには、適切なメンテナンスが欠かせなかった。

そしてもう一つ、保科には一月の間に決めなければならないことがある。
それが、来季の契約だった。
今のクラブからは、契約の継続を打診されている。
同時に、他のいくつかのクラブからも、移籍の話を貰っていた。
どれも、それぞれのチームの監督から直接勧誘されたものだ。
昨年、そして一昨年も、保科は移籍の誘いを受けていたが、その選択肢を選ばず今のチームに残った。
来季も、そうすることに何ら不満はない。
保科は今のチームが好きだったし、高校を卒業してすぐに受け入れてくれた恩も感じていた。
だが、正直に言うと今年は迷っている。
埼玉にホームタウンを持つクラブチームからの勧誘が、保科を揺さぶったのだ。
そのチームの監督は、保科をどのように使いたいか、その構想を語ってくれた。
ボランチとして起用し、チームの司令塔を担ってほしい。
U-23でキャプテンを務め、その後A代表の試合にもワンボランチとして出場する保科の戦術眼と統率力を高く評価してくれた監督は、そう言って保科を誘った。
それは保科にとって、光栄なことだった。
今のチームで保科は、サイドバックとしてプレーしている。
日々体力作りに励んでいる保科にとって、タフさを評価されるということもまた、嬉しいことに違いはない。
だが保科自身が理想とするプレー、好きなサッカーは東院時代からずっと変わらず、ボランチとして試合をコントロールすることだった。
日本代表に選ばれワンボランチとして起用された時、それを再認識させられたのだ。
こういうプレーが、一番好きなのだと。
そして埼玉のチームは保科に対し、日本代表に参加している時と同じプレーを求めてくれた。
保科の最も好きな形でサッカーが出来る。
何よりも、来年にはW杯が控えており、その後も当然日本代表であり続けたい保科にとって、同一のポジションとして経験が積めるということは重要だった。
チームで経験を重ね、それをA代表の試合で生かし、日本のサッカーを世界に通用するレベルまで引き上げる。
それは、この国でプロとしてサッカーをする者の使命だろう。
熱意のこもった勧誘とその内容に、保科は魅力を感じた。
勿論、保科個人の希望だけで移籍が決まるわけではない。
そこには当然金の話があり、両監督の思惑が絡んだ。
Jリーグ内での移籍は、とても単純に言うと、チームの戦力を敵に差し出すということだ。
主戦力の選手をそう簡単に手放しはしない。

オフシーズンに入ってから、保科は双方と何度も話し合いを重ねた。
そして月末、ついに保科は移籍を決意したのだ。
最終的に、今のチームの監督は快く保科の背を押してくれた。
最強の味方は最強の敵だと苦笑しながらも、世界への挑戦を諦めない保科の意志を尊重してくれた。
感謝してもしきれないと、保科は思う。
満の口添えがあったとはいえ、高校三年の時、選手権全国大会に出場という内定の条件を満たせなかったにも関わらず、保科を受け入れてくれたチームだった。
チームメイトたちにも、良くして貰った。
このチームでプレーすることが、保科はとても好きだったのだ。
しかし結局、リーグ優勝という最大の形での恩返しは果たせなかった。
それがとても心残りではある。
だが、今が逃してはならない契機なのだということを、保科は直感的に理解していた。
今こそ、馴染みのチームを離れ新たな挑戦をするべき時だ。

そうして、保科は三月から、埼玉のクラブチームでプレーすることになった。



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