[43]主将
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十二月七日。

保科です。
先日、今季のリーグ戦が全試合終了しました。すでに結果はご存知かもしれませんが、チームは三位。悔しいことに今年も、優勝を果たすことが出来ませんでした。不甲斐ないです。
AFC U-23選手権の代表に招集されたので、年明けすぐにカタール入りし、選手権前の合宿に参加します。


代表監督は、保科のボールコントロールと戦術眼を高く買ってくれた。
U-23における監督のチーム構想は、3-3-2-2がベースとなっている。
つまりワンボランチ型だ。
そのボランチに保科を起用すると正式な通知が来たのは数日前のことだった。
予選に引き続きの、ボランチ起用。
保科にとっては、東院時代の六年間で身体に叩き込まれた、未だ最も馴染み深いポジションである。
大阪のチームに入ってからこっち、四年間はウイングバックとしての起用が主だったが、やはり保科としてはボランチとしてプレーする方が性に合っていると感じていた。
だから純粋に、この評価は嬉しい。
だが同時に、プレッシャーが大きいことも事実だった。
勿論サッカーにポジションの優劣は存在しないが、このフォーメーションでボランチに期待される働きは大きい。
最初の攻撃、最初の守備。
攻撃の起点を作る役目と、ピンチを未然に防ぐ役目の両方を担う、現代サッカーにおいて最も重要と呼ばれることの多いポジションだ。
前線まで距離が出来るため、直接的なアシストよりはむしろ、二手三手先を読んだ攻撃の組み立てを求められる。
そこにロングパスを加えてバリエーションをつけるための、緻密なパスコントロール。
相手からボールを奪取するスキルと、反対に低い位置で奪われ即ピンチという状況を決して作らないための正確なボールコントロール。
献身的なプレーが求められると共に、攻守どちらの面においてもチームの軸となるポジションである。
しかも今回、保科の背番号は十番だ。
課せられた使命は重い。
だが選手として、これほど光栄なこともない。
何よりも保科を驚かせたのは、キャプテンマークを託されることになるということだった。


保科さん!
まずは、リーグ戦お疲れ様でした。何よりもチームの結果を重んじる保科さんに伝えていいのか悩みましたが、でも私からはやっぱり、こう言いたいです。ベストイレブン選出、おめでとうございます。どれほど凄いことなのか私にはきっと理解出来ていませんが、でも、保科さんの二十年の努力の賜物ですね。
そして、代表選出も、おめでとうございます。予選に続きワンボランチでの起用とのことで、東院の頃の保科さんを思い出しますね。しかも、キャプテンを務められる、と。本当に凄いですね。だって、U-23ですけど日本代表ですよ!再選考があるとはいえ、オリンピックを目指す国の代表チームのキャプテンですよ!もしかしたら保科さんは、いつもみたいに平然とした顔でこの話を受けたのかもしれませんが、私はニュースを見てずっと顔が緩みっぱなしです。大変なプレッシャーかと思いますが、どうか目一杯に、保科さんらしいサッカーをしてきて下さい。テレビの前で、応援しています。


保科は、この二年間で彼女から受け取ったメールを全て保存している。
落ち込んだ時、過去のメールを見返して元気を貰う。
その中でも、今回届いたメールは保科を奮い立たせ余りあるほどの威力を孕んでいた。
どうして彼女はいつも保科の欲しい言葉を、それも無意識のうちに欲している言葉をくれるのだろうか。
チームを勝たせられなかった無念を掬い上げ、それでも保科のサッカー人生を称えてくれた。
保科からは何も言わなかったのに、どのような形での代表選出かきちんと理解して喜んでくれた。
東院時代のようなボランチ起用を実は保科が嬉しく思っていることを、彼女は見抜いているようだ。
ついでに言えば、キャプテンを任されると知った時の保科の反応も見事に言い当てている。
いつの間にか彼女は、保科のいつも通り、を知ってくれていたらしい。
プレッシャーを慮り、それでも彼女は自分のことのように喜んで、保科の背を押してくれた。
それにどれほど勇気付けられることか。

今度こそ、と保科は決意する。
もう、肝心なところで負けたりはしない。
今度こそチームを勝たせて、五輪への切符を掴んでみせる。


年が明けてすぐに、保科はカタールに遠征。
チームメイトらと現地で合流し、選手権の直前合宿がスタートした。
普段、共にプレーすることがない選手たちと、短期間で連携を確認し、チームとしての完成度を高めていく。
そして一月後半から、選手権が始まった。
昨年の予選を勝ち抜いた計十六チームを四つの組に分けて、まずは総当たりによるグループリーグが行われる。
保科率いる日本代表は三戦全勝で決勝トーナメントに駒を進めた。
準々決勝で白星を飾り、準決勝にも勝って五輪の出場権を獲得。
さらに決勝でも勝ち星を挙げ、日本は大会中全戦全勝でAFC U-23選手権に優勝。
日本サッカー史上初の快挙となった。


『観てたぞ、試合。凄かったな』

ホテルで、旧友からの電話を受ける。
遠く離れた日本から連絡してきた海藤の声は、子どものように弾んでいた。
それこそ、東院時代を思い出すような声音だ。

『最高だったよタク。本当に、こんなに熱くなる試合は久しぶりに観た』
「うん」
『オリンピックを決めた時点でもう最高だと思ったが、優勝だぞ優勝!』
「うん」

無邪気に喜ぶ姿が、今の海藤ではなく中学生の頃の海藤の姿で目に浮かび、保科は懐かしさを感じた。

『しかもお前、大会MVPだろ?』
「うん」

保科自身の自己評価としては、この受賞を素直に受け取れない。
シュート数はゼロ。
直接的なゴールアシストも殆どない。
司令塔に徹した保科のプレーは、自分でもとても地味なものだったと思っている。
今回、自身の功績には正直全く興味がなかった。
ただキャプテンとしてこのチームを支え、絶対に優勝する。
それだけを考えプレーした。
選考理由として、司令塔としての役割を果たした献身的なプレーが評価されたようだが、保科にしてみれば自分の為すべきことを為しただけである。
頼もしいチームメイトたちの活躍を思い返すと、他にもっと相応しい選手がいたと思えた。

『やっぱりお前は凄いな』

それでも、かつての相棒がこうして喜んでくれることは、素直に嬉しい。
表彰式の後、彼女も喜びに満ち溢れたメールをくれた。
二人の兄からも、電話越しに盛大な祝いの言葉を貰ったばかりだ。
周囲が本人よりも喜んでくれて初めて、保科はこの賞をありがたく思った。

『ありがとな、タク。約束、守ってくれて』

賑やかで、感情表現が豊かで、基本的にいつもはしゃいでいた海藤。
時折、こういうことがあった。
静かに、柔らかく、保科に告げる。
あの海で、パスは通ったのだと教えてくれた時のように。

『やっぱりお前が、俺たちのキャプテンだよ』
「……うん、」

約束した。
もう一度、腕にキャプテンマークを巻いてピッチに立つ姿を見せると。
その約束が、この大会で果たされた。

『それにしてもお前、日本代表って。俺は、Jリーグのチームでキャプテンになれよって意味で言ったのに!お前は本当、昔から俺の想像を軽々超えていくよなあ』

海藤が楽しそうに笑う。

「特に指定はなかった」
『そうなんだけどさ。まさか、日本代表のキャプテンになるとは思わないだろ』
「そうか」
『キャプテンマーク巻いて、十番背負って。本当に、あの時のお前が今日本の司令塔かって、そりゃ感慨深いさ』

保科の大エースは、静かにそう言った。

『オリンピックも頑張れよ。怪我には気を付けてな』
「………うん」

あり得なかった仮定の未来が、一瞬だけ脳裏を過ぎる。
もしも彼が、と。
だがこの世界にもしもはない。
保科は今、U-23日本代表のキャプテンとして、チームに尽くす。
いつかこの男に頂点を見せるためにも。
約束は果たしたが、保科の夢はまだ終わらない。



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