[33]最後の約束
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年が明け、元旦から小正月までは行事続きで目が回るような忙しさだった。
といっても、私の主な務めは着飾って笑うことだ。
それだけ聞くと随分と簡単な仕事に思われるかもしれないが、これがなかなかに大変なのである。
しかし私より忙しくしている千景様の手前、まさか文句など言えるはずもなく。
私は日に何度も衣装を替えてはあちこちを連れ回され、その度ににこりと微笑み続けた。
華美な装飾は重くて肩が凝るし、表情筋は些か筋肉痛である。
それでも、大事な務めだ。
私は精一杯に良き妻として振る舞うよう努力した。

当然、そんな忙しさでは、千景様とゆっくり話す暇もない。
というのは、言い訳だろうか。
私は、検査の結果について話さなければならないという事実からずっと目を背け続けている。
いつか、言わねばならないのだ。
このまま千景様を騙し続けるわけにはいかない。
どうせもうしばらくすれば、千景様だっていい加減、私の身体が子を宿さないことに疑問を抱くだろう。
もしかしたらもうすでに、おかしいと思われているかもしれない。
そうなれば、全てが明るみに出てしまう。
その前に自分の口から打ち明けて、断罪を待たねばならないのに。
私にはなかなかその勇気が持てないでいた。
これほど恐ろしいことは、他にない。
子を成すために夫婦の契りを交わしたのに、肝心の子が成せない身体だった、なんて。
絶対に無理だと決まったわけではないと野分先生は慰めてくれたが、あの様子、あの口振り。
可能性は限りなく低いのだと、理解していた。
一日も早い世継ぎの誕生を望まれる立場において、それはもう不可能と同義に等しい。
貴方の妻は役に立たないから捨て置いて下さい、と。
私は千景様に言わなければならないのだ。
自らこの場所を、投げ出さなければならないのだ。

言うに言えないまま、あっという間にひと月が経った。
もう、忙しいなどという言い訳は通用しない。
私は相変わらず、毎晩のように千景様と交わっていた。
千景様が私の中に注ぐ種は、私の子宮に到達することなく消えていく。
そんなことになっているとも知らないで、千景様は私を抱いてくれる。
これは、なんという裏切りだろうか。
その全てが無駄だったと知った時、こんなにも子を望む千景様は、どれほど失望するのだろうか。
夜毎囁かれる「俺の子を」という言葉が、何よりも鋭い刃となって私の胸を抉り続ける。
私はその度、快楽のせいにして泣いた。
千景様の名を呼びながら、抱き締めてくれる腕の力強さに、触れ合う身体の温かさに。
愛しくて哀しくて、心が悲鳴を上げた。

幸福に絶望する夜は、必ず明けてしまう。
朝になればまた私は良妻の仮面を被り、着飾って微笑むのだ。
今日こそはと思っても、重い口は開けないまま。
そうして日々は流れ、いつの間にか千景様と出会って二度目の春を迎えようとしていた。


「視察、ですか?」
「左様。それぞれの集落を直接見て回るのは、年に一度の恒例でな」

この里は、五つの集落からなっている。
屋敷がある中心の集落に加え、その周囲を囲む四つの集落。
それらを千景様が直接視察し、何か問題はないか確認するのだという。

「それはどのくらい掛かるのですか?」
「特に何も問題がなければ、そうだな、二週間といったところか」

そうですか、と私は頷いた。

「昨年までは遣いを送っていたが、流石にもうそうもいくまい」

面倒臭そうな口調に、私は小さく笑う。
きっと道中、護衛の者たちを理不尽に困らせたりするのだろうと思った。

「戻る頃には丁度、桜が見頃だろう」
「本当ですか?」

桜の花が咲く期間はとても短い。
昨年は間に合わず、この里で桜を見ることは叶わなかったのだ。

「ああ。俺が戻ったら花見酒としよう」
「はい、楽しみにしております」

小さな約束に温かくなる胸。
そして同時に、ちくりと痛くなる。
その桜が散れば、祝言から一年だ。
一年も愛され続けたのに、ついぞ、私の身体が子を成すことはなかった。
もう、限界だ。
千景様が視察から戻ったら、話をしよう。
私はそう決意して、千景様の肩に頭を預けた。



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