[32]涙に溺れる心
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R-18








その夜の千景様は、ひどく優しかった。
いつも以上にゆっくりと丁寧に、私の身体を拓いていく。
それは、私が焦れて耐え切れなくなるほどだった。

半刻にも及ぶ長い時間をかけて、全身を愛撫される。
額から足の爪先まで余すところなく口付けられ、私の理性はぐずぐずに溶けていた。

「ちかげさまぁ……っ」

胸をやわやわと包み込む手をきつく掴んで、その先を強請る。
千景様は私の意図に気付き、意地悪な笑みを浮かべた。

「病み上がりに無理は禁物だ。手加減をしてやっているのだから汲んでほしいものだが」
「や……っ、うそつき……!」
「心外だな」

くつくつと笑ってから、ようやく千景様が私の脚の間に触れる。
一瞬脳裏を過ぎった件の検査を、私は目を閉じて振り払った。

「ああ、濡れているな」

それを羞恥ゆえと思ったのか、千景様が愉しげに追い討ちをかけてくる。
実際、私の思考はあっという間に羞恥で塗り替えられた。
今宵まだ触れられていなかったはずのそこは、すでにすっかりと濡れて準備を終えている。
はしたなく何を待ち望んでいたのかなど明らかで、私は熱くなった顔を両手で覆った。

「ナマエ」

その途端、低く唸るように名を呼ばれる。
千景様はいつも、私が顔を隠したり声を抑えたりすることを許してくれなかった。
ありのままを乞われ、私は恥ずかしさで泣きそうになりながらそれに応える。
そうすると満足げに笑うのだから、千景様はやはり意地が悪かった。

指で解した後、千景様の熱が入口にあてがわれる。
この半年ですっかり慣らされた私の身体は、痛みを感じることなくその大きさを受け入れた。
それでも、強い圧迫感はある。
だがそれこそが、繋がる証でもあった。

「あ、あ、ぁ……っ、ちかげ、さま……っ」

ゆっくりと押し入ってくる熱が、身体を満たしていく。
まるで、隙間を埋めるかのように。
二人で一つになるかのように。
千景様に、繋ぎ止められる。

「千景、さまぁ……っ、あ、ひぅ……っ、」

嬉しかった。
幸せだった。

「ナマエ……っ」

そして、涙が零れた。

このひとが好きだ。
このひとを愛している。
だからこのひとの役に立ちたい。
期待に応えたい。
傍にいる理由が欲しい。

このひとの子が、欲しい。

「ひ、ぁ……っ、あ、ちか、げ、さまぁ……っ」

今ならば、涙は全て快楽のせいになった。
だから、隠すことなく泣いた。
気持ち良いと啼きながら、泣いた。
それに気付いた千景様が、あやすように何度も私の眦に唇を寄せる。

「あまり、俺に心配をかけてくれるな、」

それはきっと、この一週間のことを言っていたのだろう。
涙がさらに溢れた。
私が子を成しにくい身体と知ってしまったら、千景様はどう思うだろうか。
私を捨てるだろうか。
それとも、それでも構わないと妻でいさせてくれるだろうか。
頭領としての千景様は、いずれを選択するだろう。
いつか、千景様に言わなければならない。
野分先生を信用しないわけではないが、人の口に戸は立てられぬのだ。
そうでなくとも、この生活を続けていれば、いずれ千景様だって私の身体がおかしなことに気付くだろう。
そうなる前に、自分の口で説明しなければならない。
きっと、断罪を待つ咎人のような気分で。

それでもまだ、もう少しだけ、私はこのままでいたかった。
真実を告白する前の、僅かな期間。
当たり前のように千景様に抱かれる、貴重な時間。
私が妻として最も大切な役目を果たせないと千景様が知るまでの、仮初めの蜜月。

まだこのひとに、愛されていたい。

使えないと、失望されるまで。
必要ないと、棄てられるまで。

もう少しの間だけ、騙し続けることを許してほしい。

「ぁ、あ……っ、ちかげ、さまっ、ぁ、……もっと、ぉ……っ」
「は……っ、煽るなと、言っただろうっ」

優しかった腰使いが、段々と荒くなってくる。
千景様が上体を起こし、私の太腿を掴んで持ち上げた。
滲んだ視界では、遠ざかった千景様の表情が分からなくて。
その顔が見たくて必死に手を伸ばせば、短く舌打ちした千景様が、私の手を掴んで強引に引っ張り上げた。
気が付けば、私は千景様の脚の上に座らされていて。
互いに座ったままの体勢で繋がれば、すぐそばに千景様の顔がある。
ようやく見れたその顔は興奮と、でも確かな優しさに満ちていて、私は泣きながら千景様の背に腕を回した。
私の腰を掴んで上下に揺さぶりながら、千景様が耳元で熱のこもった荒い呼吸を繰り返す。
私はその背に縋り付き、千景様の肩に顔を押し付けた。

熱くて、気持ち良くて、幸せで、そして苦しい。

「ちかげ、さまぁ……っ、千景さまっ、」

助けてほしいとは、言えなくて。
私は声が枯れるまで、その名を呼んだ。


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