[30]希望の潰える音を聞く
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身体を小さく震わせる私の様相とは裏腹に、検査は淡々と進められた。
それが野分先生の精一杯の気遣いだったのだろう。
四半刻と経たないうちに、検査は終わった。

「よく耐えられました」

褥の上に上半身を起こした私に、茶の入った湯呑みが手渡される。
私は下肢に感じる違和感を努めて意識しないよう気を逸らし、ありがたくそれを受け取った。

「結果は、どうだったのでしょう」

畳の上に座した野分先生が、静かに目を伏せる。
その掌が太腿の上できつく握り締められているのを視界の端に収め、私は息を飲んだ。
身体が、先の比ではないほどに震え出す。
取り落としかけた湯呑みを私から奪った野分先生が、悲痛な面持ちで躊躇いがちに口を開いた。

「医学に絶対はありません。しかし確率の話をするならば、奥方様、……子を宿す可能性は………極めて低いと、言わざるを得ません」

そんな、と。
私の唇から、震えた悲鳴が小さく漏れた。
心の蔵を鷲掴みにされたような衝撃。
全身から血の気が引いていく。

「……子宮と呼ばれる、子を宿す場所があります。そこまで男の精を運ぶ、卵管という管。奥方様の場合、その管が狭窄、いえ、殆ど閉塞しかかっているのです。気の流れが通りませんでした」

それは生まれついてのものかもしれないし、もしかすると、子から大人へと変化する時期が丁度里から逃げ延びた頃と重なり、何らかの負担によって身体が上手く成長しなかったのかもしれない、と。
説明の大半は耳に入らなかった。
それでも、私の身体のせいだ、ということだけは痛いほどに理解出来た。

「……治す、方法は?」

やんわりと首を横に振られる。

「………本当に、子が、出来ないと?」
「奥方様、お気を確かに。絶対に出来ないと決まったわけではありません」
「でも、可能性は限りなく低い、と」
「……はい、それは否定出来ません」

無機質な笑みが唇から零れた。
ああ、なんという話だろう。
よりによって私が、鬼という種族の中できっと今誰よりも子を産まねばならない私が。
その可能性を、殆ど持たないなんて。

「………先生、」
「はい」
「この部屋で起きた全てのことは、先生の胸の内だけに」
「死んでも口外致しません」

力強い声に、ふふ、と渇いた笑みが漏れる。

「奥方様、どうか、」
「ありがとうございます、先生」
「奥方様!」

立ち上がろうとして、しかしその身体は持ち主の決意を全く汲むことなくふらりと傾いた。
慌てて立ち上がった野分先生が、身体を支えてくれる。

「……すみません……」

強がることも出来ないのかと、私は泣きたくなった。

「奥方様、少し休みましょう」
「部屋に戻らないと、女中に心配をかけますから」

そして、怪しまれてしまう。
頭痛だと嘘をついて出て来たのだから、もしかしたら梅乃は時間が経ちすぎだと心配しているかもしれない。
騒ぎにされたくはなかった。

「ではご一緒します」

それに遠慮する気力は、生憎残っていない。
私は小さく頷き、よろよろと危なっかしい足取りで部屋を後にした。


自室の前では案の定、梅乃がおろおろと私の帰りを待っていて。
野分先生に支えられて戻って来た私を見て、梅乃は顔を真っ青にした。

「奥方様!」

まるでこの世の終わりのような悲鳴で呼ばれ、私は薄く笑う。
その貴女が大切にしてくれている奥方様は何の役にも立たない女だと知ったら、どう思うのだろうか。
そんな自虐的な疑問が沸いた。

「風邪のようです。この雨でお身体が冷えたのでしょう。しばらく安静になさいますよう」

野分先生のでっち上げを聞きながら、私は梅乃の用意してくれた褥に身体を横たえる。
元々具合は悪くないはずなのに、病は気から、と言うべきか。
全身の倦怠感に加え、嘘だったはずの頭痛まで襲ってきて、私はぐったりと目を閉じた。
野分先生が部屋を後にし、梅乃が畳に膝をつく。

「申し訳ございません、奥方様。いつからお加減が優れなかったのでしょう。私、気付けなくて、」

泣きそうな声に、私は瞼を持ち上げる。
半泣きの梅乃に見下ろされ、私は小さく首を振った。

「……大丈夫よ、梅乃。本当に、少し頭が痛いだけ。寝ていれば治るわ」

布団の中から手を伸ばし、梅乃が太腿の上で握り締めた拳をそっと撫でてやる。

「少し一人にしてもらえる?眠りたいの」
「……はい、奥方様。何かございましたらすぐに、すぐにこの梅乃をお呼び下さいませ」
「ええ、ありがとう」

何度も心配そうに振り返りながら、梅乃が部屋を出て行く。
私は掛け布団の中に手足をすっぽりと入れて丸くなり、きつくきつく目を閉じた。



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