[28]冬のぬくもり
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ひたひたと、冬の足音が里に忍び寄る。
短い秋はあっという間に終わりを迎えようとしていた。

「このところめっきり寒くなりましたね」

朝餉の後に温かい茶を淹れてくれた梅乃が、自分の分の湯呑みを両手に包み込む。
私も同じように温かなそれで暖を取りながら、ふうと息を吹きかけた。
二人の間で、丸火鉢がぱちりと音を立てる。
炭の焼ける匂いに、冬の到来を実感した。

「空気を入れ換えましょうか」
「そうね、お茶が温かいうちに」

梅乃が立ち上がって、縁側に面した障子戸を開ける。
すると、庭に女中の姿が見えた。

「みつ、よし子」

名を呼ぶと、二人はその顔にぱっと笑みを浮かべて足早に近付いて来る。
最初に呼んだ時など先に気付かなかった無礼をお許し下さいとその場に土下座されたのだから、半年で大した進歩といえるだろう。

「今日は冷えますね、奥方様」
「何かご入用ですか?」

出会った頃は皆俯きがちで、目線が合うことなんて殆どなかったのだ。
こうしてにこにこと笑いかけてもらえるようになったことが、とても嬉しかった。

「ごめんなさいね、何でもないの。今は忙しい?」
「いえ、水撒きが終わったところでございます」
「そう、ありがとう。急ぎの用がないなら、少し暖まっていかない?」
「そんな、私共にそのようなっ」

流石に、何でも一言目で頷いてくれることはない。

「お茶のおかわりも欲しいわ」
「それは勿論、すぐに淹れて参ります」
「四人分、お願いね」

でも、追加のひと押しがあればすぐに折れてくれるようになった。
恐縮しつつも、同じ空間で同じ時間を過ごしてくれる。
いつの間にか、私と一緒に茶を飲んでくれる者は両手の指でも数え切れないほどになっていた。


四人で火鉢を囲みながら茶を飲んで談笑すること四半刻。

「奥方様、不二でございます。失礼しても宜しゅうございますか」

襖の向こうから聞こえた声に、みつとよし子の肩が分かりやすく跳ねた。
私はそれに苦笑しながら、応えを返す。
膝をついて襖を開けた女中頭の不二が、室内の光景を見て片眉を吊り上げた。

「怒らないであげて。私が無理を言ったの」

とばっちりは可哀想だと、不二の口が開く前に先手を取っておく。
すると、怠慢を叱られると怯えていた二人が慌てて首を横に振った。

「いえ!奥方様は何も、」
「私共が勝手にお邪魔したのです!」

なんと無理のある言い訳だろうか。
拙いそれに、胸の内が柔らかく綻ぶ。
思わず微笑んでしまった私を見て、不二は小さく嘆息した。

「また奥方様に甘えて。御当主様がお叱りになられますよ」

早く仕事に戻りなさい、と促され、その静かな迫力にみつとよし子だけでなく梅乃までそそくさと部屋を出て行った。
まったく、と零した不二が入れ替わりに部屋へと入ってきて、残された湯呑みを盆に載せていく。

「ありがとう」
「いいえ、奥方様」

手を止めた不二が顔を上げ、その凛々しい表情を緩めた。

「あれらの手前、強く申しましたが。本当は私こそ、奥方様に感謝しておるのですよ」
「私に?」

特に何もした覚えはないと首を傾げれば、不二が柔らかく笑う。

「奥方様がいらしてから、この屋敷は明るくなりました。風間家にお仕えする私共は誇りを持って日々励んでおりましたが、こんな風に穏やかな時間を頂くことはありませんでしたから」

不二は、千景様の前の代からこの屋敷に仕えていた。
長きにわたり、この屋敷を見てきたのだ。

「御当主様も、奥方様を迎えられてから随分と丸くなられて」
「……あれで?」
「ええ、あれで、です」

不二が瞳をきらりと輝かせ、悪戯っぽく笑った。

「以前はもっと、ご気性の荒い方でした。粗相をした女中など、その場で暇を出されるほどで」
「まあ、想像はつくというか、なんというか」
「実は先日、いつも通り御当主様に朝のご挨拶をしましたら、短くお返事を頂きまして。長らくお仕えしておりますが、そんなことは初めてでした」

どんな暴君だ、と私は内心で苦笑い。
しかし言われてみれば私も八瀬にいた頃、千景様に挨拶をして返されるようになったのは随分と時間が経ってからのことだった。
身分が高いと、皆そうなのだろうか。

「皆、恐れ多くて口にはしませんが、奥方様には何もかも感謝しておるのですよ」

そう言われると、意図して何かをしたわけではない私としては些か居心地が悪くなる。
でも、仲良くなりたい、距離を縮めたい、と願っていたことが少しずつ実を結んでいるようで、やはり嬉しかった。

「どうか、今お話ししたことはご内密に」

最後にそう言って立ち去った不二を見送り、私は三味線の前に移動する。
今ならば良い音を弾けそうな気がした。



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