[27]巡る季節
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いくつかのなだらかな外輪山に囲まれた湖。
赤や橙に染まった山々が美しいのは勿論のこと、さらに湖面に映った紅葉がその景色に深みをもたらす。

「ここの紅葉が薩摩随一だと言われている」

という千景様の言葉に、きっと間違いはなかった。
ただただ、壮大な美しさに息を飲むばかりである。
京からは失われてしまった、雄大な大自然。
湖面の紅葉とその背後の山々を眺めて言葉を失くした私の様子に、千景様が満足げな微笑を浮かべた。

手近な大木の根元に腰を下ろした千景様が、胡座を掻いた脚を無造作に叩く。

「来い」

私は慌てて周囲を見渡し、誰の姿もないことを確かめてから千景様の脚の上にそっと座った。
太腿の端に少しだけ乗ったつもりだったのに、触れた途端千景様に腰を引き寄せられ、すっぽりと中心に収められてしまう。
千景様の胸板を背凭れにするよう座らされ、私は固まった。
恐れ多いとしか言いようのない体勢だったからだ。
しかし、鍛えられた千景様の身体は決して柔らかくはないものの、温かくて。
若干の疲れもあって次第に身体の力を抜けば、そこは酷く安心出来る場所だった。
胸元に寄りかかって、千景様の腕の中。
きっとそれは、世のどこよりも安全な場所。
思わず首を捻って肩口に擦り寄れば、千景様が低く喉を鳴らした。

「そろそろ一年になるのでしょうか」
「……ああ、」

千景様が八瀬の屋敷を初めて訪ねて来たのが、昨年の秋頃だった。

我が妻となれ、ナマエ。
お前にこの俺の子を産ませてやろう。

初対面の挨拶もそこそこに、とんでもなく上から目線な求婚をしてきた千景様。
なんて頭のおかしな男なのかと、私は唖然としたものだ。
懐かしさに笑えば、何かを察したらしい千景様に頭を小突かれた。

「だって千景様、初めて会って早々にあれでは誰だって驚きますよ」
「……実際、俺の言った通りになっただろう」
「それは確かに、そうですけど」

絶対こんな男の言いなりになるものかと、反発していた当初。
それが今やこのひとと決めた伴侶なのだから、心とは不思議なものである。
未だ、何がきっかけとなったのかは分からないままだけれど。
不承不承共に暮らすうちに、その分かりづらい優しさに気付き、そして惹かれてしまったのだ。
子を産むための道具としてでも、頭領の正妻というお飾りとしてでもいいから、傍にいたいと願うほどに。

私はそっと、自らの腹部に手を添えた。
生憎まだ、そこに千景様の血を受け継ぐ子はいない。
祝言からおおよそ半年、ほぼ毎晩のように抱かれているのだ。
そろそろ授かってもおかしくはないはずなのだが、未だその兆しはなかった。
鬼としての年齢を考えれば別に焦るほどではないけれど、千景様の子を期待する周囲の重圧には急かされている感覚を誤魔化せない。
それもそうだろう。
長年妻を娶ろうとしなかったらしい千景様が、どういう心境の変化だったのか、突然妻を迎えたのだ。
早くその子を見て安心したいという臣下らの気持ちは十分に理解出来た。
だがこればかりは私の意思でどうにか出来るものではないわけで、気持ちばかりが焦ってしまう。
早く千景様の子を授かれますようにと、私は祈るような思いで腹を撫でた。

「なんだ、腹が空いたか?」

私の小さな動きを見逃さなかった千景様が、しかしその鋭さとは裏腹に見当違いなことを聞く。
珍しいこともあるものだと、私はうっかり笑ってしまった。

「さっき握り飯を頂いたばかりですよ」

ここに来るまでの間、途中で休憩を挟んだ際に昼餉は済んでいる。

「空いていないならいい。だが、帰りに甘味処にでも寄るか」
「本当にどうされたんです?甘いものは苦手でしょうに」

奇妙な発言に、私は斜め後ろを見上げた。

「なに、毎日俺ばかりが馳走に預かっていては不公平かと思ってな」

何の話か、と問う前に。
唇を塞がれていた。
山の中とはいえ、いつ誰が通るか分からない屋外。
私は驚きに目を瞠った。
すぐ目の前に、伏せられた金の睫毛。
私が固まっていると唇をあっという間に割られ、普段褥の中でしか交わさないような深い接吻になっていた。

「……ふ、ぁ………っ、は、」

ようやく唇が離れた頃には、息も絶え絶え。
千景様が、移った紅と唾液に濡れた自分の唇をぐいと手の甲で拭った。

「な、なにを、こんな所でっ」

ようやく我に返った私が糾弾しても、千景様はどこ吹く風。
それどころか。

「目の前に美味そうな馳走があったのだ。食さねば勿体ないだろう」

まるで当然とばかりに正当性を主張され、私は困り果ててしまった。

「もう……」
「なんだ、物足りんか」
「そっ、そういう話ではありません!」

目の前で、喉仏が小さく震える。

「続きは夜まで待っていろ。いつも以上に愛でてやろう」

熱を持った私の頬を見て、紅葉のようだと千景様が笑った。



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