[22]嵐再び
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それは、長かった夏の終わり、ようやく秋の兆しが見え始めた頃のことだ。

「よお、ナマエ!息災だったか」

風間の屋敷に、客人が訪れた。

「匡さん!驚きました。ご到着は日暮れ頃と伺っておりましたのに、お早いお着きですね」

気さくに片手を挙げた匡さんに、私は急いで歩み寄る。
匡さんの後ろで、彼をここまで案内したのであろう天霧さんが胸に手を当て静かに一礼した。

「お出迎えに上がれず申し訳ありません」
「気にするな。俺こそ、挨拶が遅くなって悪かったな、奥方様?」

わざとらしい呼称に、苦笑い。
姫様の屋敷で初めて顔を合わせて以来、おおよそ半年ぶりの再会である。
私の髪をくしゃりと撫で回す手付きは、あの頃から何も変わっていない。
堅苦しさのないざっくばらんな態度に初めて会った時は些か驚かされたものだが、今となってはそれがひどく嬉しかった。
周囲から敬われることに未だ慣れない身としては、まるで友人のように接してくれるその対応に心地良さを感じるばかりである。

「まさかほんとに風間の嫁になっちまうとはなあ。まあ、彼奴がそうと決めた以上、みすみす逃すはずもなかったというわけか」

がしがしと乱雑な手付きで自分の後ろ頭を掻きながら、匡さんが苦笑した。

「ここでの暮らしはどうだ?風間の奴に虐められてないか?」

長身を屈めて顔を覗き込まれ、問われた内容に私は笑う。

「大丈夫ですよ。千景様にも屋敷の皆さんにも、とても良くして頂いてます」

それが行き過ぎていて窮屈な思いをする、なんていうのは贅沢な悩みだろう。
いくらミョウジ家の一人娘とはいえ、今は後ろ盾も何もない身。
尽くしてもらえることに感謝こそすれ、不満を言うつもりなんて毛頭なかった。

「そうかそうか」

満足げに笑った匡さんが、また私の頭をぽんと撫でる。
そうして、久しぶりの再会は暖かな雰囲気に満ちていたのだが。

「許可なく我が妻に触れるとは何事だ、痴れ者め」

その空気は、私の背後から聞こえた絶対零度の低音にぶち壊された。

「斬り捨てられたくなければその手を離せ」

振り返れば案の定、怒りに眉を吊り上げた千景様の姿。
私から離れた匡さんが、呆れ返った顔で両手を挙げた。

「相変わらずだな、風間」
「貴様の学習能力のなさも変わりないようだな」
「んだと?」
「聞こえなかったのか?生憎、蛆虫のために二度も言葉を繰り返してやるほど寛大ではないぞ」

相変わらずなのは、この二人の仲だろう。
匡さんの背後にいる天霧さんと顔を見合わせ、私はこっそり苦笑した。

「いつ会っても可愛げがねぇなあ」
「貴様、余程死にたいらしいな」
「わーったわーった、いいからちょっと黙れ」
「その口を閉じるのは貴様だ。それとも何か、俺に舌を切り落とされたいのか」

放っておけばいつまでも続きそうな口論に、私はそろそろ客人を広間に案内せねばと口を開いた。

「あの、お部屋にご案内しますので、続きはそちらで、」

匡さんだって、わざわざ私の顔を見に来てくれたわけではない。
きっと、千景様と話し合わなければならない仕事があるのだろう。

「天霧、こいつを部屋に連れて行け」

千景様の指示に、天霧さんはやれやれと頭を振った。
天霧さんが、匡さんを連れてその場から立ち去る。
役目を取られた私は、ぽかんとその後ろ姿を見送った。

「あ、ではお茶を淹れて、」
「いらん」
「え?」
「女中に淹れさせろ」

短くそう言い残し、千景様も二人の後を追って歩いて行く。
こういうところも変わらないと、私はこっそり眉を下げた。
千景様は夫婦の契りを結んでからも、私に客人の相手をさせたがらない。
いつもこうして遠ざけられてしまう。
千景様にとって私は、人前に出すには恥ずべき妻なのだろうか。
それとも、大事な仕事の話を私には聞かせたくないのだろうか。
普段は意識しないようにしている「お飾り」という言葉が脳裏を過ぎり、私は嘆息した。
こういう時、私は自分自身の価値のなさを突き付けられる。
必死になって歴史や里のことを学んでも、結局は子を成す以外私には何の役目もないのだと思い知らされる。
その肝心の役目も、今のところまだ達成出来る兆しはない。

「奥方様?」

廊下にぼんやりと突っ立っていた私は、背後から聞こえた声に振り返った。
梅乃が、訝しげに小首を傾げて私を見ている。

「いかがされましたか?」
「何でもないの。梅乃、不知火様がお見えになったから、お茶をお願い出来る?三人分ね」
「承知しました、奥方様」

頭を下げてから足早に厨へと向かう梅乃を見送り、私はようやく自室へと足を向けた。



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