[19]その花は誰が為
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「珍しい仕上がりだな」

夕餉の最中、そう言って千景様が本床を見た時、私は少し驚いてしまった。
この屋敷は、どの部屋の床の間にも花が飾られている。
基本的にそれらを用意するのは女中の役目だが、私が日中に華道を学んだ日は、その際に完成させた生け花をどこかの部屋に飾るようにしていた。
夕餉を千景様と二人で摂る場合は、当然その部屋に置いている。

「ええと、私が生けたのですが、お気に召しませんでしたか?」

千景様が花について言及したのは今日が初めてのことで、私は些か緊張した。

「お前が生けたのは知っている。気に入らんわけではない」

知っている。
私はまた驚いた。
嗜みはあれど自信はないので、これは私の作なんですよ、なんて言った覚えは一切ない。

「単に、普段とは趣が異なると感じたまでだ」

その発言に三度驚いて、私はついに箸を置いてしまった。
普段とは、と言うことはつまり、これまでにも私の生けた花が飾られていたことがあると千景様は知っていたというわけだ。
どうして気付いたのだろうか。
女中の用意した花と明確な差があるほど、独創的ではないし特別巧みなわけでもないのに。

「そう、ですね。これは、その、千代が摘んでくれた花でして」
「……天霧の姪か」
「はい。可愛らしいお花だったので、そのまま全体を彼女の雰囲気に合わせてみようかな、と」

だからいつもより子どもっぽいのかもしれません、と言い訳のように続けた。
まさか千景様に気付かれているとは思ってもみなかったので、その時感情の赴くがままに生けてしまったのだ。
千景様は私の説明を聞いて、ふん、と短く鼻を鳴らした。
だがそれが不満を表現する音でないことは、伝わってくる。
文句ではなく本当にただ気になっただけなのだと分かり、私はこっそりと胸を撫で下ろした。
不安が消えると、今度は急に嬉しくなる。
どう見分けているのか私には全く理解出来ないが、どうやら千景様には、私が生けたものとそうでないものとが分かるらしい。
それは勿論千景様が目利きに優れているということに違いないのだが、やはり、自分の作ったものを見つけてもらえるというのは嬉しいことだ。
思わず小さく笑みを零せば、千景様は怪訝な顔をした。

「すみません、何でもありません」
「可笑しな奴だ」

私はなおも笑いながら、再び箸を取った。

こうして、毎日ではないものの、千景様とは極力一緒に食事を摂るようにしている。
というよりも、千景様が忙しい公務の間を縫って私に合わせようとしてくれている。
私の方がいくらでも時間に融通が利くので本来は私が合わせるべきなのだろうが、遅くなっては身体に障るからと、千景様がそれを許してくれないのだ。
だから、どうしても毎食とはいかない。
それでもせめて朝か夕のどちらかは共にと、千景様は考えてくれているようだった。
食事は一人で摂るよりも、誰かと一緒の方が美味しい。
それが千景様とであれば尚更だ。
だから私は、その気遣いをとても嬉しく感じていた。


「お酒はどうされますか?」

夕餉の後、予定を訊ねれば今日の仕事はもう終いだと言うので、晩酌の用意をするべきか確認する。
八瀬にいた頃の習慣は今も残っていて、千景様の酌は変わらずに私の役目だ。

「いや、今宵はやめておこう」
「珍しいですね」
「それよりも、支度をして来い」

支度。
もうその意味が分からないほど初心ではないのに、未だ頬は赤くなってしまう。

「明日の朝は遅いのでな。今宵はゆっくり可愛がってやろう」

あからさまな台詞に、私は狼狽えた。
嬉しくないわけではないのだが、こうして露骨に誘われるとどうしても羞恥心が先に立つ。

「不服か?」
「そういうわけでは、ないんですけど……っ」
「ならば精々子作りに励むとしよう」

そう言われてしまえば私が否と言えないことを、千景様はよくよく知っていた。
いつもこの言葉に頷かされてしまうのだ。
そう、いつもである。
千景様は公務で不在の場合を除き、毎晩必ず私を求めた。
あの初夜からこっち、千景様と褥に入って何もせず眠れた夜など一度として存在しない。
おかげで私の腰痛は最早違和感ではなく日常になりつつあった。
慌てて湯殿に向かう私を、千景様がくつりと笑う。
今日もたくさん啼かされてしまうのだろうと、そう思うだけで身体が熱くなった。

全て、千景様のせいだ。



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