[15]最初で最後のひと
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R-18









それはひどく濃密で、まるでこの世で二人きりになってしまったのかと錯覚するほど甘く激しい時間だった。

押し倒された褥の上、千景様の薄い唇が絶え間なく落とされる。
それは私の唇に、頬に、鼻先に触れ、その度に小さな音を立てた。
千景様は片腕で自身の上体を支え、もう一方の手で私の蟀谷辺りを撫でている。
その双眸は、かつて見たことのない色をしていた。
赤といえば、確かに赤である。
だがいつもよりずっと深く濃い、妖しい輝きを放っていた。
唇と唇が重なり、そして下唇をぺろりと舌で舐められる。
ぞくり、と腰の辺りが震えた。
私が未知の感覚に戸惑っている間にも、千景様は舌を器用に蠢かせて私の唇を割り開く。
咥内に滑り込んできた千景様の舌は熱く、平素体温が低いわりに舌は熱いのかと不思議に思った。
だがいざ意識してみれば、私の蟀谷や頬に触れる手も常より熱い気がする。

「……ん、ぅ……」

舌を絡められ咥内を弄られ、鼻から抜けるような声が漏れた。
息苦しいのに、決して嫌ではない。
くちゅ、と音を立てて絡まるそれが妙に気恥ずかしくて、でもその熱が心地良かった。
何よりも、すぐ傍に千景様がいる。
伽羅と刻み煙草の匂い、千景様の匂い。

「考え事とは随分と余裕だな」

唇を離した千景様が、至近距離で不満げに囁いた。

「え?いえ、千景様のことを、」

不思議に思って首を傾げると、千景様が深く溜息を吐く。

「……全く、手に負えん」

ぼそりと呟かれた言葉の意味を問う前に、唇は再び塞がれていた。
先程まで私の頬にあった千景様の手が、私の腹の辺りを弄る。
しゅるりと衣擦れの音がして、千景様が器用にも私の帯を片手で解いてしまったことが分かった。
些か乱暴な手付きで、着物の合わせを開かれる。
その下に何も着ていないことを思い出し、頬が熱くなった。
そんな私の様子をくつりと笑った千景様が、右手で胸の膨らみを掬い上げる。
明確な意図を持ってそこに触れられることなど当然初めての経験で、私は羞恥心に襲われた。
まな板の鯉状態の私は、何をどうしていいのかさっぱり分からず、ただ千景様を見つめるばかりだ。
心の蔵が痛いほどに脈打つ。
ふ、と笑みのような吐息を漏らした千景様は、再び上体を倒して私の胸に顔を寄せた。
そのまま、膨らみに口付けられる。
ふにふにと何度か甘噛みを繰り返した後、千景様の唇は胸の先端を柔らかく包み込んだ。
流石にその光景を直視することは出来なくて、ぎゅっと強く目を瞑る。
すると、視界を失ったせいなのか、急に身体の感覚が鋭くなった。
千景様の咥内で、舌に嬲られるのが分かる。

「ひ、ぅ……っ」

奇妙な声が勝手に唇から零れ、私は慌てて自らの口を手で塞いだ。
しかしその手はすぐさま千景様に掴まれ、唇から離される。
目を開けると、千景様が真っ直ぐに私を見下ろしていた。

「堪えるな、聞かせろ」
「でも、あの、」
「無粋な見張り番など立ててはおらん」

誰にも聞かれる心配はないと、千景様は言う。
だが私としては、千景様に聞かれるからこそ恥ずかしいのだ。
生憎、千景様は私の羞恥心を汲み取ってはくれなかった。
それとも、分かった上でわざとそう言うのだろうか。
私の両手に左右それぞれの手を絡めて繋ぎ布団に押し付けた千景様は、再び私の胸元に顔を伏せた。
今度は伸ばした舌で不規則に、赤く色付いたそこを舐められる。

「ぁ、あ……っ、や……ぁ」

背筋を擽られるような、奇妙な感覚。

「気持ち良さそうだな」

そうか、これが気持ち良いということなのか。
ようやく名のついた感覚に、私は振り回された。
意識しないままに、身体が小刻みに跳ねる。
逃げ出そうにも、千景様に拘束された身体に行き場はない。
もどかしくも甘美な責めは、千景様が満足するまで続けられた。
両方の胸を虐めていた舌がようやく離れた頃には、私はもうすっかり息も絶え絶えになっていて。

「いい顔だ」

顔を上げた千景様が、そう零して満足げに目を細めた。
千景様が私の両手を解放し、接吻を落とす。
まるで褒めるように頭を撫でられ、私はうっとりと口吸いに酔った。
いつの間にか、身体中が火照っている。
千景様は私の腕から着物を抜き、それを褥の外に放り出した。
そして自分の帯を鬱陶しそうに引き抜く。
着物をばさりと乱雑に脱ぎ捨てた千景様の裸を、私は寝転んだままぼんやりと見上げた。
白く肌理細かな肌。
だが力強い筋肉の乗った身体に頼りなさはどこにもなく、むしろ圧倒的な逞しさがある。
まるで芸術品のようだった。
でも、そこにはちゃんと生きている熱がある。
この温もりに、今から抱かれるのだ。
忘れかけていた羞恥心に瞼を伏せかけた私は、しかしすぐさま目を見開くこととなった。
千景様が、私の脚の間に指を差し込んだからだ。

「ひゃぁっ」

大事な部分を、千景様の指がなぞる。

「濡れているな」

言われなくても分かっていた。
くちゅりと鳴った音が何よりの証拠だ。
あまりの恥ずかしさに、咄嗟に顔を両手で覆う。
その途端、千景様の不機嫌そうな声に名前を呼ばれた。
意図が分かってしまって、私はおずおずと手を下ろす。
恐る恐る瞼を持ち上げれば、千景様が小さく鼻を鳴らした。

「仕置だ」

無慈悲にもそう言った千景様が、両手で私の太腿をそれぞれ持ち上げる。
あまりにも恥ずかしい格好に私が悲鳴を上げる間もなく、千景様は身を屈めると私の股に顔を埋めて濡れたそこに舌を這わせた。

「やっ、やだ、千景様……っ!」
「黙れ」

私の切実な訴えなど一言で切り捨て、千景様の舌は私の蜜を舐め回す。
想像していなかった責め苦に、私の視界が滲んだ。
何よりも恥ずかしいのは、それが気持ち良いということだ。
特に膨らんだ箇所を舌先で転がされると、悲鳴を上げたくなるほどに気持ち良かった。
千景様もそれを分かっているらしく、そこを重点的に責めてくる。

「も、やぁ……っ、ちかげ、さま……!」

半泣きに訴えてようやく、千景様が顔を上げてくれた。
脚の間から私を上目に見た千景様が、目を細めて意地悪な笑みを浮かべる。
次の瞬間、私の中に千景様の指が入り込んでいた。
十分に濡れていたからなのか、一本目の挿入に違和感はあれど痛みはない。
だが二本目を足されると、引き攣れるような痛みが肌を刺した。
それに歯を食い縛って耐えていると、中に埋めた指をそのままに、千景様が覆い被さってくる。

「痛いか」

一瞬、首を縦に振るか横に振るか迷った。
でもきっと、嘘をついても気付かれてしまうのだろう。
私はおずおずと、首を縦に振って見せた。
その途端、唇に触れるだけの接吻が降ってくる。

「最初はどうにもならん。耐えてくれ」

再び私が頷くと、千景様は微かに笑って私の唇を舐めた。
そのまま、指がもう一本差し込まれる。
圧迫感に息を詰めると、千景様の唇が宥めるように私の額に押し付けられた。

「息を止めるな。ゆっくり呼吸しろ」

ゆっくりとした抜き差しに合わせて、深い呼吸を繰り返す。
そう、いい子だ、とひどく甘い声が耳元を擽った。
はしたない水音が響く中、不意に千景様の指先が今までとは異なる箇所に触れたらしい。

「あ……っ」

思わず零した短い悲鳴を、千景様は聞き逃さなかった。
違うことなく同じ場所を刺激される。
どうやらそこが気持ちの良い場所らしいと、自分でも理解した。

「ナマエ」

しばらくその敏感な箇所を弄っていた千景様が、唐突に指を抜いて私の顔を見下ろした。
指の後に何が入ってくるのか、私だって分かっている。
身を固くした私に小さく苦笑した千景様は、私の頬をゆるりと撫でた。

「……ああ、ようやくだ」

零された独り言に、どのような意味があったのか。
千景様は私の両脚を持って大きく開かせると、その間に身体を寄せた。
鼓動が速まり、忘れていたはずの恐ろしさが返ってくる。
行灯に照らされた千景様の瞳は、ぎらぎらと光っていた。
でも、目が合った瞬間の眼差しだけは、間違いなく優しげで。
私は強張った身体から力を抜こうと、深く息を吐き出した。

「挿れるぞ」

低く唸るようにそう宣言した千景様の熱が、私の秘所に触れる。
火傷しそうなほどの熱さだった。
蜜を絡めながら、硬く大きなものが私の中に入ってくる。
それは、千景様の指三本分よりもさらに太かった。
皮膚が裂けそうな感覚に、唇から悲鳴が漏れる。

「い、た……っ、あ、ぁ、やぁ……っ」

痛くて、苦しくて、生理的な涙が零れた。
それでも千景様は止まってくれない。
内臓を押し込むような圧迫感に、私は呼吸すら儘ならず喘いだ。

「ナマエ……っ」

どこか切羽詰まったような声音で呼ばれ、私はきつく閉じていた瞼をこじ開ける。
するとそこには、苦しげに顔を歪めた千景様がいた。
見慣れた不機嫌顔とは異なる表情は艶やかで男らしく、同時になぜか、どうにかしてあげなければならないと、そんな気にさせられる。
その途端、私の身体から力が抜け、ずるりと厖大な熱が奥まで入り込んだ。

「いっ、ぁあああっ」
「ぐ……っ」

互いの乱れた呼吸が、濃密な空気に溶けていく。
恐らく最後まで入ったのだろう。
私に覆い被さった千景様が、背中を丸めて私に口付けた。
千景様を受け入れている部分は痛くて堪らないし、お腹も苦しい。
それでもこの瞬間、私はきっと幸せだった。
胸の奥が暖かかったのは、そういうことだと思う。
何度も口吸いを繰り返しながら、千景様は汗で額に張り付いた私の前髪を梳いてくれた。
その優しい手付きに、私は頬を緩める。

このひとの妻になってよかったと、そう思った。



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