甘い永遠を願った[2]
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「クリスマスなんてとっくに終わって、正月どころか、もうバレンタインだけどね」

ナマエはそう言って、半泣きの秋山にコーヒーを強請った。
インスタントのコーヒーと、コンビニのレアチーズケーキ。
トマトソースのオムライスはないが、それは秋山とナマエが昨年末に約束した、クリスマスパーティだった。
クリスマスの朝に秋山の部屋の玄関で踏み潰されたケーキと全く同じものを買って来てくれたナマエは、きっとあの時、ビニール袋の中身に気付いていたのだろう。

「メリークリスマス」
「……メリークリスマス」

重なるマグカップ。
安いケーキと、それ以上に安いコーヒー。
端から見ればあまりにも質素なテーブルは、しかしナマエと秋山にとって、思い描いた二人のクリスマスそのものだった。
制服の上着を脱いだナマエが、ブラウスの袖を捲ってからフォークに手を伸ばす。
左の手首に巻かれた秋山の贈った腕時計と、右の手首に巻かれた包帯を見て、秋山は安堵と憂慮の板挟みになった。

「……怪我、やっぱり酷いんですか……?」
「ん?」

ケーキを一口頬張ったナマエが、秋山の視線の先を辿ってようやく、納得したような顔つきになる。

「んーん、そうでもない」
「でも、ずっと面会謝絶でしたよね?」
「ああ、あれは室長が過保護なだけ。暇すぎて暇すぎて、結局仕事してたよ」
「……そう、なんですか、」

容態が秋山の想像よりは悪くなさそうな様子を喜ぶべきか、匂わされた宗像の干渉を嫉むべきか。
秋山の複雑な心境を察したらしいナマエが、やんわりと苦笑した。

「あくまで上司として、部下を労ってくれただけだよ」

それは果たして言葉通りに受け取って良い台詞なのか判断しきれず、秋山は口を噤む。
自分でも、酷く猜疑的になっている自覚はあったがどうしようもなかった。
端から全てを疑ってかかり、言葉の裏を読み取ろうとしてしまうのだ。
ナマエに宗像の行動を正当化しようとする意図があるのではないかと、疑心暗鬼になっている。

「……先に、その話をした方が良さそうだね」

秋山の状態を、ナマエは正確に把握したのだろう。
フォークを置いて、その表情を幾分か引き締めた。

「迎撃作戦の直後、私が室長から命令を受けたのは見てたよね」
「……はい、」

そう、あの夜が地獄の始まりだった。

「今だから言えるけど、命令の内容は一連の事件に片がつくまで室長の私兵として動いて欲しい、っていうことだった」
「私兵、ですか?」

その単語は、久しぶりに聞いた気がする。
確か伏見がセプター4に入隊したての頃、彼は周囲からそう評されていたはずだ。

「要は、あんまり大々的には出来ない根回しとか細々とした雑用とか、そういうことの一切合切をやれっていう命令だったんだけど、」

分かるような分からないような説明を受け、秋山は曖昧に頷く。

「例えば、善条さんに前線に立って貰えるように説得したり、アメリカからストレイン対策の相談がこっちに来るように仕向けたり、事前に広報用の公式文書を用意しておいたり、みたいな、そういう仕事」

正確に伝わらなかったと判断したナマエに具体例を挙げられ、秋山はようやくそれを理解した。
つまりナマエは、迂闊には動けない宗像の手足となって、組織を裏から支えてくれていたのだ。
あの一ヶ月、その姿を殆ど見かけなかった理由をやっと知ることが出来た。

「室長の思惑も伏見さんの潜入も極秘扱いで、だから私も、何をしてるのか君に説明出来なかった。不安にさせたと思う、ごめん」

何の含みもなく真っ直ぐに謝罪され、秋山は狼狽える。
慌てて首を振り、そうしなければならないような気がして居住まいを正した。

「それは、貴女が悪いんじゃありません」

宗像は大義のためにその命令を下し、そしてナマエは部下として上官の命令に従ったのだ。
誰が悪いわけでもない。
極秘任務の内容は、例え相手が家族であろうが恋人であろうが絶対に明かしてはならないことを、元軍属の秋山は重々承知していた。

「まあ、それもこないだの一件で終わってね。今は元通り、特務隊所属の一隊員。工作員ごっこはお終い」

ナマエの軽口に、秋山はぎこちなく苦笑を滲ませる。
恐らくナマエが命じられてこなした任務の数々は、今秋山に話した例の何倍も多く、またなりきり遊びとは比べることさえ出来ないほどの内容であったはずだが、そういったことを表に出さないのは彼女らしかった。

「……すみません、ナマエさん」
「何が?」

ナマエは戦っていた。
セプター4のために、大義のために、その能力を最大限に生かして彼女にしか立てない戦場で戦っていた。

「……俺は、そんな貴女のことを、……疑いました」

それなのに秋山は、ナマエを信じきれなかったのだ。

「室長に、抱き締められても抵抗しなかった貴女を見て。その後、室長の部屋から出て来た貴女を見て。……貴女はもう、俺よりも室長の方がいいんだと、そう、思いました」

わざわざケーキを買って、約束を果たそうとしてくれたこの人を、秋山は信じきれなかった。
かつて、宗像とのことについてはナマエの言葉を信じると、誓っていたのに。

「そっか、」

短く、ナマエが相槌を打つ。
そこからは、落胆も非難も感じられなかった。
ただ、秋山の言葉をありのままに受け止める、そんな響きだった。

「ーー すみま、せん……っ、ごめんなさい、ナマエさん……っ、ほんと、に、すみません……!」

それが余計に、秋山の胸を抉る。
いっそ、なぜ信じてくれなかったのかと責めてくれればよかったのに、ナマエはそうしなかった。

「いいよ、秋山。別に怒ってない。それに、私にその気はなくても、室長はね。まあそういう感情がないわけじゃなかったみたいだから」

握り締めた拳に落としていた視線を上げれば、ナマエの苦笑いが目に入る。

「あの性格に難ありな王様が相手じゃ、秋山が疑うのも無理ないよ。弁解しなかった私にも、非はあるし。だからもう、そのことはいい」

以前から、秋山が宗像とのことに関して欠片の自信も持ち合わせていないことを知っているナマエは、今回もまた、秋山の未熟な猜疑を水に流してくれた。
その器の大きさに、何度救われただろうか。

「だからね、秋山。もう一度言うよ」

ナマエの伸ばした手が、秋山の左頬に添えられた。
久しぶりに触れた肌があまりにも優しくて、秋山の肩が勝手に跳ねる。

「君が、好き。室長でも、他の誰でもない。私は、秋山が好きだ」

息を飲み心臓を高鳴らせた秋山の視線の先、ナマエが柔らかく笑った。



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