傷付いては傷付けて[4]
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「なるほど、分かりました」

秋山の報告を全て聞き終えた宗像が、さも神妙な面持ちで顎を引いた。
ナマエは意味もなく眺めていたディスプレイから視線を外し、再び秋山を見遣る。
長い前髪がその目元を隠していたが、顔色の悪さまでは誤魔化せていなかった。
疲れているな、と思う。
ナマエの予想していた通り、この二週間、タンマツにも秋山からの連絡は一切なかった。
ナマエが今この状況ではプライベートなメールに返信しないことを、秋山は理解していたのだろう。
それとも、連絡を取ることに憂懼したのだろうか。
どちらにせよ、圧倒的に意思の疎通が不足していた。

それでいい。
今はまだ、このままでいい。


「では引き続きよろしくお願いします」

宗像の言葉に敬礼で応えた秋山が、退出の間際にもう一度ナマエを見た。
切なげに細められた双眸と、不器用に上を向いた口角。
情愛、批難、謝罪、詰問。
数多の意思が感じられるその視線に、それでも労わりの色が見つけられるから、ナマエは急に自身がどうしようもなく穢れた存在に思えて瞼を伏せた。
本日二度目の、大失態だ。
次の瞬間、顎のすぐ側に垂れた長い前髪を掬われる感触に、ナマエは反射的に目を見開いて上体を仰け反らせた。
ナマエの方に身を乗り出す姿勢で座卓の上に肘をついた宗像が、それはもう愉しげに笑っている。
その蠱惑的な笑みと同時に秋山の鋭く息を飲む音を認識し、ナマエは思わず頬の内側を噛んだ。
宗像の前で油断してはいけないことを、なぜ失念していたのだろうか。
秋山に意識を割きすぎていた。
そして宗像は、それに気付いていた。
艶然と微笑む宗像と、苦々しい思いでそれを見返すナマエ、そしてそんな二人を扉の前から凝視する秋山との間に、沈黙が張り詰める。
口火を切ったのは、最悪なことに宗像だった。

「どうしました、秋山君?もう下がって結構ですよ」

宗像が横目で秋山に視線を送り、口角を吊り上げる。
ナマエは思わず、目の前のお綺麗な顔を殴りたくなった。
だが部下であるナマエにそれが叶わないように、秋山もまた、この状況では一つの返答しか許されてはいないのだ。

「ーー 失礼、致しました……っ」

血を吐くような声音で模範解答を口にした秋山が、彼にしては随分と荒々しい足取りで部屋の外に消える。
強く閉められた扉の音だけが、いつまでもナマエの鼓膜にこびり付いていた。

「ふふ、怒らせてしまったかもしれませんね」

確信犯が、わざとらしく苦笑を零す。
ナマエは今更取り繕う気にもなれず、盛大な溜息を吐き出した。

「ほんと、勘弁してくれませんかねえ」

自身の非については疾うに認めているが、さらに宗像のせいでとんだ悪女に仕立て上げられている気がする。
弁解出来ないことがこれほどつらいとは、ナマエとしても想定外だった。
だが、必要な役回りなのだ。
今秋山の中で、宗像に対する心象は悪化の一途だろう。
特務隊筆頭の秋山が宗像への不信感を募らせれば募らせるほど、宗像の思い描く道筋が確かなものになる。
宗像がそれを望んでいる以上、ナマエは協力する以外に道がなかった。

「そう言わずに。あと少しですから、もう暫く付き合って下さい」
「……分かってますよ、室長」

そうしてこの人は、限界まで走るのだ。
自らを孤独に追い込み、全てを切り離して、王の覇道を進むのだ。

頬を撫でる手の感触に、ナマエは目を閉じた。

もう間も無く、ナマエは善条の説得に成功する。
伏見は、セプター4から離反したことになっている。
淡島や秋山たちも、宗像の行動に疑問を抱いている。
準備は着々と進んでいた。
後は宗像が、もう一度サーベルを掲げるだけだ。
果たしてその先に、宗像の描いた筋書き通りの世界が広がっているだろうか。

答えは、みんなが教えてくれますよ。

ナマエは、先程口にした言葉をもう一度反芻した。
そう、答えは彼らの手の中にある。
ナマエの仕事はその瞬間まで、宗像の意のままに動くことだけだった。
それが、私兵という存在の価値だ。

「……ミョウジ君、」
「なんですか?」

宗像の声音が変わったことに気付く。
珍しくもそれは、王の口調ではなかった。

「君は、私が死んだら泣いてくれますか?」

瞼を持ち上げればそこに、柔らかく微笑む宗像の姿。
質問の内容とは全く一致しないその表情に、ナマエは笑った。

「まさか」

答えは、みんなの中にある。
そしてそのみんなに、今のナマエは含まれない。
だが、確信にも似た答えを、ナマエはすでに持っていた。

「……ええ、それでこそミョウジ君です」

ナマエの否定を正直に解釈した宗像が、笑みを崩さないままに満足げな声を出す。
その誤解を、ナマエは敢えて解消しなかった。
宗像は、そのままでいいのだ。
そのまま、大義を胸に突き進んでくれればいい。
それこそが、ナマエの唯一と定めた王、宗像礼司だ。

青臭く、美しすぎる、その理想。
笑ってしまうほど真っ直ぐな、大義の剣。
四年前、初めて会ったその日に宗像の掲げるそれらを嫌いではないと感じてしまった時点でもう、ナマエの負けだった。
運命だろうが仕事だろうが、この際意地だろうが、何でも構わない。
ナマエは宗像の眼前に伸びる一本道の露を払い、最後にその背を、それこそ蹴り飛ばすような勢いで押すだけだった。
その後のことはきっと、みんなが引き継いでくれる。

まさか、彼らが貴方を死なせると、本気で思っているのですか。

泣く機会を失えば、零れる涙など一滴もありはしない。
ナマエはそれを信じていた。
そう、彼らの筆頭である秋山を、信じていた。

別の人間だ。
絶対などあり得ない生き物だ。
敵の強大さを考慮すれば、一介のクランズマンなど石ころどころかちっぽけな砂みたいな存在かもしれない。
それでも、その砂の一粒一粒が集まって巌となり、そして宗像の立つ地盤を築くのだ。

だからナマエも、戦おう。
自らが仰ぐ王と彼らの絆を信じて、精一杯を尽くそう。
それがナマエの、大義である限り。





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