君と護りたい世界の全て[7]
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家族みんなで卓袱台を囲む。
大司が車を駐めて戻って来ると、文字通り全員が揃った。
両親と兄夫婦、そして羽実と快。
そこに宗像とナマエも加われば、なかなかの大所帯である。
実家に戻るならば何か手土産でも買っておけばよかった、と宗像が後悔していると、ナマエが紙袋の中から包装紙に包まれた箱を取り出した。

「……あの、これ……よかったら、」
「あらまあ、わざわざありがとう!みんなで頂きましょうかね」

受け取った母が、早速包みを開封する。
中は洋菓子の詰め合わせになっていた。
恐らく、幼い羽実や快も気に入るものを、と考えたのだろう。
いつの間に実家への土産まで購入していたのか、宗像はナマエの配慮に舌を巻いた。
他人の家に招かれる経験など、これまでのナマエにはなかった。
手土産を持参するというマナーを教えたこともない。
何かの書籍で読んだのか、それともただ単純に喜んでほしくて用意したのか。
宗像は思わず手を伸ばし、選んだのもが正解だったのか否かと皆の反応を窺っているナマエの頭を撫でた。

「ありがとうございます」

耳元に唇を寄せ、ナマエにだけ聞こえるよう囁く。
行儀の良い娘を誇りに思う親のような、出来た恋人を自慢したくなる男のような、そんな気分だった。
丁度おやつ時だったので、茶を飲みながら菓子を食べる。
美味しい美味しいと嬉しそうに食べる子どもたちを見て、ナマエは安堵したように頬を緩めた。
羽実が身振り手振りをつけながら学校であった出来事を話す様子を、微笑ましい気分で見守る。
引っ込み思案な快も、珍しく少し自慢げに最近平泳ぎが出来るようになったことを教えてくれた。

「平泳ぎ……」
「そうだよ!おねーちゃんは出来る?」
「……やったこと、ない、から、」
「じゃあ今度教えてあげるね」

不思議なものだ、と宗像は思う。
宗像はナマエと話す時、幼い少女と相対している気にはならない。
情緒面に気を遣うことはあるが、たとえば語彙力を疑って分かりやすい言葉を選んだり、ましてやゆっくり言い聞かせるように喋ることもない。
対等な大人として、気兼ねなく会話することが出来る。
だがこうして羽実や快と話しているナマエを見ると、それはそれでどこにも不自然さがないのだ。
大人なようで子どもでもあり、子どもなようで大人でもある。
ナマエ自身は他者を受け入れる隙が殆どないに等しいのに、そのナマエは誰にでも受け入れられる存在だった。
特務隊で、ナマエが皆から妹のような扱いを受け可愛がられているように。
今も、母や兄嫁が華奢なナマエにあれこれ食べさせようと世話を焼いている。
本人にその自覚は全くないだろうが、ナマエは愛される体質なのかもしれない。
薄弱な雰囲気を醸し出しているから、人はナマエを構いたくなるのだろう。
いわゆる、守ってあげたくなるタイプの女の子、というわけだ。
実際は平気でナイフやサーベルを振り回すし、何食わぬ顔でネットワークにクラッキングをかましたりもする。
だが、知らぬ者からすればナマエは普通の、華奢で頼りない女の子だ。

少しも妬けないと言えば、嘘になる。
だが、それでいいとも思っている。
十七年間、施設に閉じ込められたナマエは誰からも愛されることなく虐げられてきた。
絶望し、そして全てを諦めるまで、孤独だった。
その分を何かで補うことなど、到底出来るはずがない。
過去は変わらず、傷も消えない。
だがせめて、あるべきだった時間と与えられるべきだった愛情を、少しでも知ってほしいと思うのだ。
そのためになら、宗像は何でもする。
唯一無二とはそういうことだった。


夕方になり、母と義理の姉がキッチンで食事の支度を始める。
先に飲み始めるかと、父は酒を取りに行った。

「こいつがいつも迷惑かけてるだろ、ごめんな?」

不意に、肩に重みが掛かる。
振り向けば、背後で大司が宗像の両肩に手を置いて立っていた。

「い、え……そんなこと、は、」

首を横に振って否定するナマエは至って通常通りの喋り方で、決して気まずさに口籠ったわけではない。
だが、ナマエの平素を知らない人間にしてみれば間違いなく、上司の前で遠慮をする部下の姿に見えるだろう。

「ナマエちゃんはいい子だなあ」

ガハハ、と豪快に笑う兄に、宗像は苦笑を禁じ得なかった。
そこに一欠片の悪意もないことを知っているからこそ、反論する気が起きない。
宗像の兄は何歳になっても大きな子どものようで、そこが宗像にとって彼に敵わないと思わされる点の一つでもあった。

「……私は、礼司さん以外の人には、ついて行きません、から」

躊躇いがちに、しかしはっきりと明言され、宗像は不意打ちに面食らう。
分かっていたことと言えばそれまでだが、改めて言葉にされると随分熱烈な告白だ。
言葉を失くした宗像の前で、唐突にナマエが小さく笑った。

「兄弟って、似てるんですね」
「……え?」

思わず振り返った先、大司も意表を突かれた表情で宗像を見下ろす。

「びっくりした時、おんなじ顔、」

そう指摘され、宗像はつい笑ってしまった。
大司もまた、気持ち良いくらい盛大に笑う。

「俺とお前が似てる、か。初めて言われたな、礼司」

宗像と兄は、幼い頃からずっと仲の良い兄弟だった。
だが、他人から似ていると評されたことは一度もない。
宗像は大司とも、両親とも、家族の誰とも似ていなかった。
特に大司とは、何から何まで真逆と言っても差し支えないほどにかけ離れていた。
随分と早い段階で宗像は自身の異質さに気付いていたし、他者から真に理解されることはないということも知っていた。
同時に、家族が宗像に愛情を注いでくれているということも分かっていた。
だから、寂しいと感じたことはない。
宗像にとって、それは孤独とは似て非なるものだったのだ。
しかし今、兄に似ていると言われ、宗像は確かに喜びを感じている。
ナマエはただ単純に感じたことをそのまま口にしただけなのだろうが、だからこそその言葉には意味があった。

「やっぱり、ナマエちゃんはいい子だな」
「……ええ、とても」

兄弟、視線を交わして笑みを零す。
そんな二人を、ナマエは首を傾げて見ていた。






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