君と護りたい世界の全て[6]
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ナマエの気が済むまで川で遊んでから、山を下りた。
そして今宗像とナマエは、駅前の土産物屋に来ている。
温泉地定番の菓子にはじまり、地元の酒や珍味、ご当地物の玩具などが所狭しと並ぶ店だ。
店内はそこそこの広さなのだが如何せん陳列されているものが多いため、商品棚の間を縫うように作られた通路は細い。
そこを行ったり来たりと何度も往復して、ナマエは土産の物色に夢中だった。
宗像は淡島宛に一つと、特務隊宛に一つ、それぞれ箱詰めの温泉饅頭という無難な選択をして済ませたのだが、どうやらナマエはきちんと個別に買うつもりらしい。
店員から借りた籠を手に、難しい顔をしてあれやこれやと頭を悩ませている。

「……五島さんは、これ……?」

ナマエが小さな独り言を零しながら手に取ったのは、何がモチーフになっているのか皆目見当もつかない珍妙な木彫りの置物だった。

「秋山さんと弁財さんは、お酒……かな、」

掌サイズの小さな樽酒を見比べるナマエの表情はどこまでも真剣で、きっと脳裏に同僚たちの顔を思い浮かべ、それぞれに喜ばれる物は何なのかを精一杯考えているのだろう。
今はそれを、穏やかな心持ちで眺めることが出来た。
かつて、ナマエが自らの手を離れ自立していく姿に寂寥感を抱いたこともある。
自分以外の人間を信用し、親しくするさまに嫉妬心を掻き立てられたこともある。
今にして思えば、あの頃は余裕がなかったのだろう。
腕の中に囲って誰にも渡したくないと、必死だった。
ナマエに向ける想い自体は、今も変わっていない。
独占し、依存されたいというのが本音だ。
しかし、数ヶ月前に交わした未来の約束が宗像を安心させた。
全てが終わった暁には、二人だけで生きよう、と。
宗像だけでなく、ナマエからもそう望んでくれた。
互いだけを見つめ、抱き合って、他の何にも邪魔されることなく過ごす日々が、必ず訪れる。
だから今はまだ、繋いだ手の指先を絡めるだけの距離で満足しよう。

「随分たくさん買いましたね」

一つひとつは小さかったが、十人分ともなればなかなか大掛かりな買い物である。
会計を自らの財布で済ませたナマエは、丁寧に選んだ土産の詰まった紙袋を抱えて小さく笑った。
宗像はナマエから強引に紙袋を奪って手に提げ、反対の手を伸ばしてナマエの手を握り締める。

「では、帰りましょうか」

たったの一泊、時間にすれば僅か二十四時間の滞在だった。
しかし、ナマエの想いが凝縮された、貴重な休日だった。
どことなく身体が軽いように感じられるのは、温泉の効能だけではないのだろう。
大切なのは誰と共に在るかだということを、宗像はよく知っている。

「……れーしさん、……また、」
「ええ。必ずまた一緒に来ましょうね」

隣を歩くナマエを見下ろして微笑めば、繋がった指先に力が込められた。
こうして、約束が増えていくのだろう。
共に過ごす時間を重ね、約束を交わして、"いつか"を迎える。
待ち遠しく思うと同時に、その過程すらも尊いものに感じられた。
行きと同様帰りの電車内でも眠ろうとしないナマエもまた、宗像と同じように考えているのだろうか。
目的地だけでなく、そこまでの移動時間さえ大切にしようとしている。
旅館で女将がこっそり持たせてくれたおにぎりを昼食代わりに頬張るナマエは口数こそ少なかったものの、終始楽しそうだった。


「れーしさん。次で、降りてもいい、ですか?」

ナマエがそう訊ねてきたのは、電車がもうすぐ東京駅に着かんとする頃だった。
椿門までは、まだあと三駅ある。

「ええ、構いませんよ」

てっきりこのまま椿門に戻るのだと予想していたのでナマエの提案は少々意外だったが、だからといって宗像に否やはない。
東京駅に何の用事があるのかと訝しみつつも、宗像は荷物を纏めてナマエと共に座席を立った。
通勤通学時間帯でなくとも、東京駅は行き交う人の数が多い。
人混みの中、宗像と手を繋いだナマエは迷いのない足取りで駅の構内を歩いて行った。
どうやら、明確な目的地があるらしい。
ナマエが向かったのは出口ではなく、乗り換え専用の改札だった。
先程とは別のホームに降り、東京駅を起点とした環状線の電車に乗り込む。
こちらの車内はそこそこ混雑しており、座れるほどの余裕はなかった。
宗像はナマエをドア脇に立たせ、他の乗客に背を向ける形で空間を確保する。
走り出した電車の中、ナマエはタンマツを少し弄ったきり、後はずっと窓の外を眺めていた。
この先に何が待っているのか分からないという状況は、面白いものだ。
宗像は、人より頭が切れる。
チェスで何十手も先を読むような思考回路で、常に物事の流れを捉えている。
だからこそ、まるで目隠しをした状態で手を引かれて歩くような感覚が新鮮なのだ。
さてどこで降りるのかとナマエの挙動を窺っていると、ぼんやりと車窓を眺めていたナマエは宗像にとって馴染み深い駅名のアナウンスに顔を上げた。
まさか、と思う。
その喫驚が納得に変わったのは、電車を降り、二人揃って駅の改札を抜けた時だった。

「よ!礼司、ナマエちゃん」

繋ぎの作業着と、頭に巻かれた白いタオル。
そこには宗像の兄、大司が待っていた。

「お久しぶりです、兄さん」

片手を挙げて陽気に出迎えてくれた兄の姿に、宗像は思わず苦笑する。
なるほどこういうことかと、少ししてやられた気分だった。

「……こんにちは。……あの、ありがとう、ございます。迎えに、来ていただいて、」

宗像の隣でおずおずと礼を述べたナマエが、ぺこりと小さくお辞儀する。

「いいってことよ!よく来たな」

大司は大きな手でそんなナマエの頭をくしゃりと掻き回すと、帰ろうぜ、と背を向けて歩き出した。
宗像とナマエは、顔を見合わせてからその後に続く。
駅前のロータリーに、宗像造園と文字の入ったバンが停まっていた。
大司が運転席に乗り込み、宗像とナマエは後部座席に並んで座る。

「よし、行くぞー」

宗像のそれよりも幾分か荒い運転で、車は一路実家へと向かった。
年末年始は石盤の件で多忙を極めたため、宗像が実家に戻るのは第一次御柱タワー襲撃事件直後に帰って以来、およそ八ヶ月ぶりだ。
そしてナマエにとっては、二度目の訪問ということになる。
最初にナマエを実家に連れて行って家族に紹介したのは、宗像が王になって数ヶ月経った頃だった。
それ以降、ナマエと宗像家の人間は顔を合わせていないはずだが、恐らくメールのやり取りは続いていたのだろう。
最初に会った日にナマエと大司が連絡先の交換をしていたことを宗像が知ったのは、随分と後になってからだった。
今回の件も、二人で打ち合わせしていたのだろう。
自分だけが知らなかったということが全く気にならないと言えば嘘になるが、ナマエが宗像の家族である大司と仲良く出来ていることは素直に嬉しかった。
接点を作った宗像本人に内緒で計画を立てるなんて、互いがそれなりに気を許していなければ出来ることではない。
恐らくは、なかなか家に帰って来ない弟に焦れた大司がナマエに宗像を連れて来るよう促したのだろうが、自分の知らないところでそんなやり取りがあったのかと思うと少し擽ったかった。

駅から十分程で、見慣れた実家に辿り着く。
車を駐めてくるから先に入っていろ、と大司に促され、宗像は玄関の引き戸を開けた。

「おかえりなさいっ、れーしおじさん!ナマエおねーちゃん!」

きっと、今か今かと玄関で待ってくれていたのだろう。
姪の羽実が勢いよく飛び付いてくる。
そんな無邪気な姉の背後で、弟の快もまたおずおずと近寄って来た。

「ただいま帰りました」

宗像の太腿辺りに抱き着いた羽実が今度はナマエにも抱き着き、そんな熱烈な歓迎に慣れていないナマエが硬直する。
前回は人懐こい羽実も初めて会うナマエに対して多少の遠慮を見せていたが、二度目ともなればすでに友人のような感覚なのだろう。
壁のない社交性は、幼い子ども特有だ。
他人の家にも子どもにも不慣れなナマエが戸惑っている間に羽実と快が両手を引き、家の中へと誘う。
ナマエは慌てて靴を脱ぎ、引っ張られるまま奥へと歩いて行った。
振り返ったナマエの助けを求めるような視線に微笑みかけ、大丈夫だ、と手振りで示す。
きっと、ナマエには大歓迎される理由が分からないのだろう。
子どもに振り回されるナマエというのもなかなかに可愛らしいが、あまり放っておいては困惑を深めるだけだ。
早めに助力しようと、宗像も三人の後に続いた。







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