君と護りたい世界の全て[2]
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二人は温泉街として有名な駅で電車を降りた。
たったの一時間半で、街の様子は様変わりする。
駅前は確かに賑わっていたがそれは都内のデジタルに溢れた硬質な雰囲気ではなく、郷愁を誘うようなアナログさだった。
古い民家、活気に溢れた商店、建造物に高さがないため空が広い。

「バスがあるんです、けど、でも歩いても行ける距離、です。真っ直ぐ行けば、四十分くらい、です。上り坂多いですけど、」

駅前の小さなロータリーを指し示したナマエが、どっちがいいですか、と宗像を見上げた。

「ふむ、そうですね。時間は気にするべきですか?何か急がなければならない事情などは?」

ナマエがどのようなプランを立てているか分からないため、まずはその予定を崩さないようにしたい。
そう思っての問いだったが、ナマエは首を横に振った。
どうやらタイムスケジュールが緻密な旅行ではないらしい。

「では、君さえ良ければ歩いて行きませんか?私も初めて来た土地なので、少し散策してみたいです」

徒歩四十分は、宗像やナマエの体力を考えればさして苦になる距離ではない。
一泊旅行のため、荷物は宗像が手に提げたバッグ一つだけで、邪魔になるような重さでもない。
宗像の提案に、ナマエがこくりと頷いた。

「じゃあ、あっち」

恐らく、ナマエの頭の中には宿泊施設までの地図が完璧にインプットされているのだろう。
ナマエが指差した方に向かい、宗像は歩き出した。
その際、ナマエの手を取ることも忘れない。
宗像のそれよりひと回りもふた回りも小さな手を握り、ナマエに歩調を合わせて駅を後にした。

観光地ではあるものの、世間の長期休暇とは重ならない平日の真ん中、人通りは然程多くない。
それでも時折、明らかに地元民ではないと分かる人間とすれ違った。
外国人の姿もちらほらと見掛ける。
宗像は初めての土地を常よりも遅いペースで歩くナマエに合わせ、ゆったりと足を運んだ。
駅前には観光地らしく土産物屋が連なっている。
どこからどこまでが店なのかも分からないような商品の並べ方は、こういう地域ならではだろう。
公道にまで広がる陳列台に、ナマエは目を丸くしていた。
ナマエは基本的に、椿門を中心とした都心から離れることが滅多にない。
下町風情漂う町並みは、何もかもが新鮮なのだろう。
道行く人や立ち並ぶ店を、不思議そうに目を瞬かせながら見ている。
宗像は、そんなナマエの横顔をずっと眺め入った。

「……なんか、食べ物屋さん、が多いんですね」
「そうですね。こういう土地だと、主に観光客を相手に商売をするみたいですよ」

煎餅、饅頭、団子、練り物、串焼き。
あちこちに飲食物を示す幟が立っている。
たまにすれ違う観光客の多くが、手に食べ物を持っていた。
観光地特有の食べ歩きだ。

「そろそろお昼時ですし、何か食べますか?」

きょろきょろと周囲を見回すナマエの顔を覗き込む。
恐らく、選択肢が多すぎてどう選べばいいのか分からないのだろう。
こういう所ではその土地の名物を食すのが一般的だが、そこに拘る必要はない。
ナマエの好きそうなものを、と宗像も周囲を見渡した。

「ああ、あれなんかどうですか?ソフトクリームですよ」

この際、栄養だの何だのは後回しだ。
旅行中くらい、好きなものを好きなだけ食べさせてあげたい。
今日はこの時期にしては比較的涼しいが、それでも夏らしい陽射しの強さだ。
冷たい物が美味しいだろう。

「食べたい、です」

声音に僅かな喜色が乗ったことを感じ取り、宗像は微笑んだ。
行きましょう、と店に向かって歩を進める。
分かりやすいソフトクリームサインに辿り着くと、その隣に貼り出された手書きのメニューを見てナマエが再び目を丸くした。
なるほど、なかなかに面白いラインアップだ。
バニラ、抹茶、チョコレート、キャラメル等はオーソドックスだが、中には蕎麦だの卵だの山葵だの、一風変わった味もある。

「バニラですか?それとも、ここは挑戦してみますか?」

メニュー表と睨めっこをして真剣に悩むナマエがあまりに可愛くて、宗像は頬が緩むのを抑えきれなかった。

「……礼司さんは?」

困った様子のナマエが見上げてくる。
ナマエを見つめるのに忙しくて自分の分など何も考えていなかった宗像は、さっとメニューに視線を走らせた。

「そうですね。では、蕎麦ソフトクリームなるものを頂いてみましょうか」

宗像は、こういう時に何よりもまず好奇心が先行する。
当たり外れはあまり考えず、興味を引かれたものに手が伸びるのだ。

「……じゃあ、珈琲牛乳、で」
「分かりました」

無難な選択に聞こえるが、ナマエにしては珍しい。
きっとナマエなりの挑戦なのだろう。
宗像は店員にそれぞれの注文を伝え、代金を支払った。
やがて差し出されたのは、どちらも茶色系統のソフトクリームだ。
色の濃い方が珈琲牛乳だと説明され、宗像はそれをナマエに手渡す。
両手でコーンの部分を受け取ったナマエは、恐る恐るといった様子で赤い舌を覗かせ、ソフトクリームの先端をぺろりと舐めた。

「……おいし、」

表情こそ殆ど変わらないものの、声がどことなく嬉しそうだ。

「それは何よりです」

気に入らなければナマエの好みに当たるまでいくつでも買ってあげるつもりだったが、どうやら一発目で正解を引いたらしい。
今度はしっかりと食べるようにソフトクリームを口に入れたナマエを見て、宗像は安堵した。
ナマエの口から美味しいという言葉が聞ける、そのことがとても嬉しい。

「礼司さんは?」

二口、三口と食べ進めていたナマエが不意に顔を上げたので、宗像は半ば存在を忘れかけていた手の中のソフトクリームを舐めてみた。
この際美味しかろうが不味かろうがどちらでも良かったのだが、宗像の欲のなさに反して蕎麦ソフトクリームは意外にも美味だ。
牛乳の甘みの中にきちんと蕎麦の味があり、香ばしい風味が効いている。

「これは悪くありませんね。食べてみますか?」

宗像がナマエに蕎麦ソフトクリームを差し出すと、ナマエは優に五秒以上逡巡してから、やがておずおずと唇を寄せた。
小さく舌を伸ばし、それで味が分かるのかと疑問に思うほど僅かにソフトクリームを舐める。
宗像の見守る先、ナマエは毒味をさせられたかのような顔をしていたが、その表情が不意に変わった。
首を傾げ、もう一度、今度は先程よりもしっかりと口に含む。

「……おいしい、かも。……なんか、そばそばしい」

確かに、表現の難しい味なのだ。
ナマエの拙い感想に、宗像はふふっと笑った。

「礼司さんも、こっち、食べます?」

しばらく蕎麦ソフトクリームの不思議な味に浸っていたナマエが、思い出したかのように珈琲牛乳の方を差し出してくる。
宗像はまず、反射的にバッグのサイドポケットからタンマツを取り出し、カメラモードにして構えた。
若干上目遣いにソフトクリームを差し出してくるナマエなんて、貴重すぎる画だ。

「せっかくの旅行ですから、ね?」

案の定ナマエは、宗像がタンマツを向けた途端に外方を向いたが、何とか説得する。
結局宗像のタンマツには、僅かに唇を尖らせて視線を逸らしたナマエが収められた。
カメラ目線も捨て難いが、この照れた表情も可愛いので問題はない。
フォルダに保存された写真に満足してから、宗像は少し上体を屈めてナマエの差し出すソフトクリームを舐めた。

「ほう。これは美味しいですね」

予想以上に珈琲の味が濃厚で、しかし甘さもあるので苦いというほどではない。
これならナマエが気に入るのも納得だった。

「ありがとうございます。続きはあそこで食べましょうか」

食べ歩きが許される町ではあるが、食事に関して不器用なナマエは摂食を他の動作と同時に行えない。
少し先に空いているベンチがあったので、宗像はそこまでナマエをエスコートした。

晴れ渡った空の下、知らない町の真ん中でナマエと二人きり、ソフトクリームを食べている。
平和で、穏やかで、そして尊い時間だ。

「無理に全て食べなくても構いませんからね」

両手でコーンを持ち、夢中になってソフトクリームを舐めるナマエの頭を撫でながら、宗像は柔らかく笑った。





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