片恋法則[2]
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それからも、宗像とナマエの関係は続いた。
爛れているというほど不健全ではないが、人に打ち明けられるほど健全でもない。
そんな関係を、さらに二ヶ月ほど続けた。

ナマエとしては、一つ二つ不満はあれど、相変わらず大きな問題はなかった。
非番の前夜、誘われれば宗像の私室に赴いたし、干渉し合わない関係性も気に入っていた。
ナマエの知る限り宗像も、特に不満は抱いていなかったように思う。

だからしばらくは、その変化に気付かなかった。
しかしある夜、自室で唐突に疑問を抱いたのだ。

最後に抱かれたのはいつだ、と。

これまでは毎週のようにセックスをしていたから、そんなことを考える時間はなかった。
だが、思い返せばいつからか、ナマエは宗像に誘われなくなっていた。
最初は、単純に多忙だからだろうと思った。
実際その頃、セプター4は厄介な案件をいくつも抱え、非常に忙しかったのだ。
そのためナマエの非番も不定期で、宗像も執務室に篭っていることが多かった。
しかしその後、忙しさがある程度緩和されても、宗像がナマエを誘うことはなかった。
仕事が理由でないとしたら、残されたのは宗像の個人的な意思である。
そこでようやく、宗像にはもうセフレが必要なくなったのか、ということに思い至った。

別に、それでいいと思った。
確かにナマエの貞操観念はそう固くないが、だからといって常にセックスがしたいわけではない。
相手がいなければいないで構わないし、宗像との関係をずっと続けていたかったわけでもない。
元々、宗像が始めた関係だ。
その宗像がもう必要ないと言うならば、それでいいのだろう。
そう考え、ナマエは宗像の決断を受け入れた。
宗像のせいで殆どの非番をベッドの上で無為に過ごすなんてことはなくなり、ナマエが職務外で宗像と顔を合わせる機会もなくなった。

それなのに、日常から宗像が消えたことを認識した途端、なぜか意識が宗像にばかり向くようになったのだ。
身体を重ねていた頃は、それ以外の時間に宗像のことを思惟に上らせる機会などなかったのに、今はなぜか気付けば宗像のことばかり考えている。
時に億劫と感じたことさえあった誘いが全くないという事実に、どうしてか物足りなさを覚える。
ナマエはその変化に戸惑った。
そして最終的に、気付きたくなかったことに気付いてしまったのだ。

いつの間にか、好きになっていたのか、と。

違和感の正体を理解した瞬間、それはすとんとナマエの胸に落ちた。
いつからと聞かれても、答えは見つからない。
最初からではなかったとだけは断言出来るが、その後については自分でも分からない。
いつの間にか宗像に惚れていたのだ。
残念なことに、ナマエが自らの想いを自覚した時点ですでに二人の関係は終わっていた。
だが仮に続いていたとしても、だから何だという話である。
身体だけの関係に恋情を絡めないのは、暗黙の了解だ。
宗像も、そういった感情が煩わしかったからこそ、割り切った関係を望んでいたのだろう。
宗像はいつもナマエに言っていた。
君のつれないところが好きだ、靡かないところが好ましい、と。
この"好き"は、都合が良いという意味だ。
互いに成人しているため犯罪にはならないが、セックスだけをする仲の女性がいる、という事実は青の王としては外聞が悪い。
面倒な女を引っ掛けるのはリスクが大きいと判断し、宗像は淡白なナマエを相手にしたのだろう。
つまりナマエが抱いてしまった感情は、宗像にとっての誤算ということになる。
厄介な相手を好きになってしまったものだと、ナマエは自身の迂闊さを恨んだ。

今更、何も出来ない。
ナマエから誘えばもしかしたら宗像は抱いてくれるかもしれないが、自覚した恋慕を秘めたまま気持ちのないセックスを受け入れるのはなかなかに自虐的だ。
さらに、熱に浮かされて底意をうっかり吐露しましたなんて事態になれば、それこそ笑えない。
ナマエに与えられた道は、抱いてしまった思慕をそのまま胸懐に仕舞い込んでしまうことだけだった。

そうして、表面上は何の変化もないまま、宗像と身体を重ねなくなってから三ヶ月が経った。
過ぎる時間と共に想いは落ち着き、執務室で宗像と向かい合ってもナマエは特に何も感じなくなっていた。
恋を自覚した当初は視線が合うだけで動揺したり、一人で過ごす非番の前夜に落ち込んだりと、らしくないほど感情に振り回されたが、それもなくなった。
好きだという気持ちは変わらないが、恋慕はしっかりと諦念に包み込まれ、表面化しなくなった。


そんなある日のことだ。
昼食後の休憩室で缶コーヒーを購入しようと自動販売機の前に立っていたナマエは、背後から近付いて来る足音に振り返った。

「室長?」

そこにいたのは宗像で、ナマエは珍しい偶然に少し驚く。
宗像は、休憩室にはあまり顔を出さないのだ。

「ご苦労様です、ミョウジ君」

どこかの部署で用事を済ませた帰りなのか、それとも執務室の外の空気を吸いたかったのか。
そのまま休憩室に入って来た宗像は、椅子に腰を下ろして足を組んだ。

「……何か飲みます?」
「おや、君の奢りですか?」
「百円で奢りって言うのもケチな話ですけどね。コーヒーでいいですか?」

タンマツを読み取り部分に翳し、とりあえず自分の分のコーヒーを購入する。

「では、お言葉に甘えます」

宗像が微笑んだので、ナマエはもう一度同じボタンを押した。
取り出し口から二本の缶を拾い上げ、片方を宗像に手渡す。

「ありがとうございます。とても嬉しいです」
「大袈裟ですね、たかが缶コーヒーですよ」

ナマエは立ったまま壁に背中を預け、タンマツを制服の内側に仕舞って苦笑した。
百円のコーヒーでそこまで喜ばれては、反応に困るというものだ。

「いえ、大袈裟ではありません」

早速プルタブを引き上げたナマエに対し、宗像は缶を開けようともせずに両手で大事そうに包み込む。
言葉通り嬉しそうに微笑んで、宗像は静かに言った。

「片想いの身としては、充分な恩恵ですよ」

手の中から缶を落とさなかった自分を、ナマエは心底褒めてやりたいと思う。

「…………はい?」

ナマエは意図せずたっぷりと間を空けてしまってから、徐に聞き返した。
しかし宗像は柔らかく微笑んだまま、何も答えない。
仕方なしに、ナマエは改めて問うた。

「……片想いって、言いました?」
「ええ」
「……室長が、私に、って意味に聞こえますけど?」
「はい、その通りです」

なんだ、それ。
ナマエは今度こそ、愕然として黙り込んだ。
とんでもない告白をしたことに気付いているのか否か、宗像は手慰みのように缶を弄っている。

「………あの、初耳なんですけど、」
「はい、そうですね。初めて言いました」
「いや、そうですねって……。何でまた突然、」

意図が読めずに困惑するナマエの前で、宗像はふふ、と笑った。

「押して駄目なら引いてみろ、かと思って実践してみたのですが、なかなか上手くいかなかったので焦れてしまいました」

苦笑した宗像が、ナマエを見上げる。

「………最近誘わなかったのは、それですか?」
「はい、そうです」
「……元々、気持ちがあったんですか?」
「もちろんですよ、ミョウジ君」

本当に、とんだ王様である。
分かりにくいことこの上ない。
だったらどうして、初っ端が「セックスをしてみませんか」だったのだ。

「意味が分からない、という顔をしていますね」
「分かる方がどうかしてますよ」
「では、順を追って説明しましょうか」

そう言って、宗像はまるで仕事の話をするような調子で事の真相を語った。

「元々私は、随分前から君のことが好きなのですよ。ですが、突然好きですと言ったところで、君は取り合ってくれないでしょう?そこで、身体の関係から始めてみることにしました」

その時点でおかしい、ということに宗像は気付いているのだろうか。

「身体を重ねているうちに、君も私に対して情が湧くのではないかと思ったのです。しかし残念なことに、君はそんな気配を全く見せてくれませんでした。なので、今度は少し引いてみようと思い、敢えて距離を取ってみたのですが、やはり君は一向に態度を変えてくれなかった」

そこまで言って、宗像は初めて、ナマエの前で表情を崩した。
微笑ではなく、どこか寂しそうに。

「……本当は、何事もなかったかのようにまた夜のお誘いをしようかと思っていたのですが。君が珍しくも優しくしてくれるので、我慢出来なくなってしまいました」

すみません、と最後に付け足され、ナマエは思わずその場にしゃがみ込んだ。
馬鹿馬鹿しい。
この三ヶ月を一体どうしてくれるのだ。
すれ違い方がいっそ見事すぎて、笑うに笑えない。

「私の気持ちを知ってしまった後では、重荷に感じてしまうかもしれませんが。出来ればまた、君と以前のような関係に戻りたい、と考えています」

両手で缶を握り締めた宗像が、どこか不安げに瞳を揺らす。

「……駄目、でしょうか」

そもそも、何が随分前から好きだった、だ。
宗像の方こそ、そんな素振りは全く見せなかったというのに。

「お断りですね」
「……そう、ですよね」

しゅん、と肩を落とされ、ナマエは感じていた瞋恚も忘れて苦笑した。
人の気も知らないで、というのはお互い様かもしれないが、つまりは気付かなかった宗像も悪いのだ。

「……以前のような関係って、つまりセフレってことですよね。そんなのはお断りです」
「それは……、どういう意味ですか、ミョウジ君」

顔を上げた宗像の目にはきっと、少し照れたように笑うナマエの表情が映っただろう。

「セフレじゃなくて恋人がいいですって意味ですよ、室長」

ふわり、と蕾が開くように顔を綻ばせた宗像を見て、ナマエは照れ隠しに缶コーヒーを傾けた。





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