片恋法則[1]
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R-18











青の王、宗像礼司に似つかわしくない言葉というものが、いくつか存在すると思う。
たとえば、ファストフードとかプリクラとか燃えるゴミは月曜日ですとかパチンコとかインスタントラーメンとかゲーセンとか深夜アニメとか、そんな感じだ。
常人の想像を凌駕する不羈の才を遺憾なく発揮して世界を俯瞰する浮世離れした宗像には、国民の大多数にとって馴染み深いそれらが悉く似合わない。
そしてきっとこれも、宗像を知る多くの者にとって、意外性に満ち溢れた組み合わせなのだろう。

宗像礼司と、セックスフレンド。


まったくとんだ王様だと、ナマエは押し込まれる熱量に喘ぎながら思った。
悟りを開いているから性欲はないだの、絶世の美女に誘われても興奮しないだの、AVを観たらまず出演者の演技について知的に感想を述べるだの、宗像についての下世話な噂はいくつかあるが、そのどれもが総じて宗像礼司と性活動を隔絶させたものだった。
後ろ二つについてはナマエも関知していないが、少なくとも最初の一つは不正解だ。
むしろ正反対で、宗像の精力がそれはもうお綺麗な顔に似合わないほど絶倫だということを、ナマエは身を以て知っている。

「考え事とは感心しませんね、ミョウジ君」

背後からぐっちゃぐっちゃと卑猥な音と共に人を犯しているくせに、そんなことは微塵も感じさせないいつも通りの玲瓏な声音で、宗像が話し掛けてきた。
生憎と、これまたお綺麗な顔には不相応な大きさの熱芯で身体の奥を暴かれているナマエには、まともな返答など出来やしない。
宗像も答酬を期待していたわけではないようで、ナマエの腰をがっちり掴み直すと欲望で最奥を穿った。
ちなみにこれは、今夜三度目の行為だ。
ナマエが願うことはただ一つ、早く終わってくれ、それに尽きる。
身体は披露困憊、徹夜続きで眠気もたっぷり、それなのに遠慮容赦なく与えられる快感と時折噛み付かれる痛みの所為で意識を飛ばすことは叶わず、もう何時間も宗像の底なしな性欲に付き合わされていた。

決して、宗像とのセックスが嫌いなわけではないのだ。
人間なのだから、気持ちの良いことはそれなりに好きだ。
相手を選ばないとは言わない。
見るに耐えない相手との行為は遠慮したいし、身体を重ねることによって関係が拗れるような場合も却下だ。
その点宗像は、申し分ない相手と言えるのだろう。
外見は道行く誰もが振り返るほど秀麗だし、身体を繋いでいる時以外は単なる上司と部下の関係を一分の隙もなく保ってくれているから、変に気を遣うこともない。
二ヶ月だか三ヶ月だか前に、突如何の脈略もなく「私とセックスをしてみませんか」などと誘われた時は流石にその人間性を疑ったが、いざ宗像のセフレとやらになってみれば、とんでもないプレイや過激な趣味嗜好を強要されることもなく、わりと快適な関係に落ち着いている。
不満は本当に一つだけで、ただひたすらに、しつこいのだ。
頻度は週に一度程度なのでそこは適切だが、その一晩が死ぬほど長い。
四回五回は当たり前で、そもそも一回に費やす時間が尋常ではない。
あの美貌の裏にこんな性欲が潜んでいたと知った時、ナマエは宗像礼司という男への見方を変えたものだった。

「ああ、いいですね。締まりました」

ああ、違う、とナマエは自らの考えを改める。
文句は一つではなく二つだった。
宗像とのセックスには、なぜか無駄にいい声で冷静に実況されるというオプションが付くのだ。
これは頂けない。
たとえばこれが、熱に浮かされた掠れた声で、譫言のように漏らされる言葉ならばまだ許容出来るのだ。
ナマエとしては、セックスの最中に無駄口を叩かない男の方が好みだが、それはあくまでもナマエの話であって、快感により無意識のうちに声を出すのは女も男も仕方のないことだろう。
しかし、である。
宗像は息を乱すことも喉を詰まらせることも語尾を震わせることもなく、ただひたすら、仕事中と何ら変わりのない静謐な声遣で感想を述べるのだ。
「感じていますね」だの「濡れてきました」だの「君はこちらの方が好きなようですね」だの、そんな感じだ。
所謂羞恥プレイ、言葉責めなのだろうが、生憎とナマエにはそれをされて愉しむ性癖がない。
よって、宗像の無駄なお喋りは出来れば控えてほしいのだが、今のところそれを本人に伝えるつもりはなかった。
というか、相手が相手のため、言うに言えない。

ナマエ自身、この程度ならまだましか、と思っていることは確かなのだ。
宗像に誘われた当初、王様のセックスとは一体どのようなものなのか、ナマエは正直かなり身構えていた。
いきなり跪いて脚を舐めろとでも言われるような気がしていたのだ。
少なくとも、ナマエの方が奉仕させられる身だということは覚悟していた。
だからこそ、筆舌に尽くしがたいほどねちっこいとは言え、宗像のセックスが普通であったことには驚いたのだ。
何かを強制されることも、痛めつけられることもない。
時折ナマエが途中で気をやりそうになると噛み付かれるが、それも血が出るようなものではなく、明らかに加減されていると分かる。
阿呆みたいにしつこい前戯のおかげで、挿入にとんでもない圧迫感こそあれど、切れる痛みを感じることはない。
一つ挙げるとするならば、翌日はベッドから出られないほどに腰が痛いが、宗像はきちんとナマエの非番を確認し、全く動けずとも問題がない日を選んで声を掛けてくる。
翌日は動けなくなることが前提というのもどうかと思うが、それはもう必定なので諦めた。
つまるところ宗像のセックスは、多少の問題はありつつも概ねナマエにとって快適なのだ。
だからナマエも誘われれば断らないし、それなりに満足させてもらっている。
宗像にとってこの行為が性欲やらストレスやらの発散になるのであれば、まあいいかな、と思えるくらいには宗像のことが嫌いではなかった。

「君は本当にここが弱いですね」

内壁の一部分を執拗に擦りながら、宗像が「君の報告書は完璧ですね」みたいな口調で言う。
ナマエは、んん、と肯定とも否定ともつかない声を漏らすので精一杯だった。
実際、ナマエが認めるか否かは関係ないのだ。
どちらにせよ、それによって宗像の行動が変わるわけではない。

「ほら、また締め付けてきましたよ。いやらしいですね」

いやらしさなど微塵も滲まない声音で、宗像がナマエを揶揄する。
ナマエはそろそろ限界だった。
本人が自覚しているのかどうか定かではないが、宗像はとんでもなくセックスが巧みなのだ。
宗像に性欲はない、なんて噂話をしていた隊員に、実は物凄いテクニシャンなのだと暴露してやりたくなる。

「ーーっ、し、つちょ、お、……っ、も、や、ぁあっ、あ、も、むりぃ……っ」

本人曰く疲れないらしい王様は精力体力共に無尽蔵なのかもしれないが、生憎とナマエはただの人間である。
過ぎた快楽は苦痛でしかない。

「おや、もう限界ですか?」

さも意外そうに問われ、ナマエは枕に埋めていた顔を無理矢理背後に向けた。
後ろからがつがつと腰を打ち付ける宗像は、とてもセックスをしているとは思えないほど涼しい顔をしている。
ナマエはこれまでに一度たりとも、宗像がベッドの上で表情を変えるところを見たことがなかった。
真顔かもしくは少し微笑んでいるくらいで、快感に歪んだ顔は絶対に見せない。
ナマエの方は顔どころか全身、汗やら淫液やらで濡れているというのに、宗像は頭の天辺から爪先まで、見事に普段と変わらない。
今この瞬間にも、服さえ着れば執務室で仕事をし始めそうな様相だ。
初めて身体を繋げた夜は、本当に気持ちいいのだろうか、と疑ったものだった。
実際、男の興奮を如実に表す中心はそそり立っているし、射精もするから、性的快感を拾ってはいるのだろう。
しかし、汗ひとつかかず髪の毛一本さえ乱さず微笑むさまは、どこからどう見ても不自然だった。
宗像はとんでもないセックスをするくせに、雰囲気には淫靡なところが全くないのだ。
息子さんだけ別の生き物なんですか、と一度訊ねてみたい。

「では、私もそろそろ出せそうですし、ラストスパートといきましょうか」

言うが早いか、宗像の腰がぐっと押し付けられた。
そのまま激しい抽送を繰り返され、ナマエは呆気なく絶頂へと追いやられる。
少し遅れて、宗像もまたラテックス越しに遂情した。
その際も、宗像は息ひとつ乱さなかった。

中からゆっくりと欲望を引き抜かれ、腰を支えていた宗像の手が離れた途端、ナマエはそのままシーツに沈んだ。
指一本さえ動かせない倦怠感に身を任せ、呼吸だけを必死に整える。
鈍くなった聴覚に、宗像が避妊具を処理する音が聞こえた。
宗像の方は平然としたもので、その雰囲気からは射精による疲労も行為による満足も感じ取れない。
何とも事務的な性欲処理だな、とナマエはいつも思う。
だが、身体だけの関係である以上、このくらい淡白で丁度いいのだろう。
ナマエもきっと、宗像が下手に後戯などを施してくれば鬱陶しく感じたはずだ。
身体は許してもキスは駄目、なんてふしだらなことは言わないので唇を重ねることもあるが、回数はそう多くなかった。

「大丈夫ですか、ミョウジ君」
「……しつちょーよりは大丈夫じゃないです」
「ふふっ、それはすみません」

謝意の欠片も見えない声音で、ベッドから降りた宗像が謝る。
それはいつものことなので、ナマエもいちいち気にしたりはしない。
ナマエがシーツと一体化している間に、宗像はベッドサイドから水の入ったペットボトルを取り上げた。
宗像が喉仏を突き出して水を飲む様子を、枕に頬を埋めたまま横目で見上げる。
男だな、と今更な所感を抱いた。
それを最も感じるはずの行為をした後に可笑しな話だが、ナマエは宗像に熱芯を埋められるよりもその裸体を見た時の方が雄を感じる。
宗像は必ず後背位でセックスに及ぶため、ナマエはあまり宗像の身体を視界に収めないのだ。
彫刻みたいだな、と宗像の身体を眺めながら、ナマエは手を伸ばして水を求めた。

「起き上がれますか?つらいようでしたら飲ませて差し上げますが」
「結構です」

ぎしぎしと悲鳴を上げる身体に鞭打ち、ナマエは何とか上半身を起こす。
宗像からペットボトルを受け取り、渇いた体内に水を流し込んだ。

「ミョウジ君は相変わらずつれないですね。まあ、私は君のそういうところが好きですが」
「……はあ、」

ペットボトルの飲み口から唇を離し、曖昧な相槌を打つ。

「さて、体力は回復しましたか?」

ナマエが返したペットボトルのキャップを閉めた宗像が、それをサイドテーブルに置いて首を傾げた。
嫌な予感しかしない。

「え……、まだする気ですか?」

もうすでに三度もしている。
しかし恐らく宗像にとっては、まだ三度、なのだろう。

「ええ、勿論。もう少し付き合って頂きますよ」

少し、の程度に対する認識が、ナマエと宗像とでは大いに異なるのだが、残念なことに拒否するという選択肢が残されていない。
一応選べることには選べるのだが、行き着く先は同じなので遠回りをする意味がないのだ。

「……手加減して下さいよ」
「さあ、どうでしょう。それは君の痴態次第、といったところですね」

秩序の王ともあろう者が、一体何を宣っているのか。
ナマエは腰痛の他に頭痛も感じながら、これ以上の問答は無駄だとベッドにダイブした。
背中の上に、宗像が覆い被さってくる。
解放されるのはまた明け方だろうな、と諦念に身を任せ、ナマエは項を這う宗像の指先に意識を寄せた。








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